2004年8月25日水曜日

完済から1年

私がこの日記で「完済」のご報告をしてから、約1年が経過した。
ちょうど任意整理をして返済をはじめた頃は、シドニーオリンピックをやっていたのだが、今年はもうアテネのオリンピックが開催されている。
この1年、私はとてもお気楽に過ごしてしまって、「これをやりました!」と胸を張っていえるようなことは何もない。仕事もそんなに忙しくはないし、祖母も、数年順番を待っていた特別養護老人ホームにやっと入れて、私の自由になる時間は当初より大幅に増えた。
この1年の中で一番のトピックスと言えば、このサイトのトップページにFlashを導入したことかもしれない。こんなことがトピックスになってしまうぐらい、この1年の私には、本当に何も起こらなかった。

20代前半は仕事に追われ、20代後半は多重債務に追われ、30代前半は借金返済に追われていた。30代後半になって、ようやく、何もしなくても平和にのんびりと流れていく時間の中で、ボーッと過ごすことができるようになったのかもしれない。
オリンピックを観戦していると、「人生、常に目標を持って、日々精進しないといけないなぁ」と感じるが、その一方で、こんなお気楽な何もしない毎日も、長い人生の中に何年かはあってもいいじゃない、とも思う。

少なくとも、今の平穏な、いや、怠惰とも言える日々は、4年前のあの日、債務整理を決心して法律相談所を訪ねていなければ得られなかったはずだ。あの頃の私に、今の私の姿は決して想像できなかった。債務整理をしようと決めるまでには、それなりの葛藤はあったけれど、最終的には行動したことが、結局は自分の人生の大きなターニングポイントになったのだと思う。

お気楽に過ごしているとは言っても、家計がルーズになった、というわけではない。コマメに家計簿をつけたり、この猛暑でもなるべく冷房はつけないで、うちわでパタパタ扇いだり、そういうことは、当たり前のように生活の中に溶け込んでいることで、自分ではそんなにピリピリして節約に励んでいるつもりはなくても、だいだい毎月予算通りの生活が出来ている。
毎月予算通りに生活することで、ある程度先の見通しが立つから、気分的にとても楽になるのだ。家計簿をつけることはとても大切なことだが、使ったお金を記録するだけなら、小学生のお小遣い帳と変わらない。実は「予算を立てる」ということが実績を記録する以上に大切なことで、その予算通りの生活ができたかどうかを検証する目的で家計簿をつけなくては意味がないのだ。
こうやって、文章にすると堅苦しくなってしまうが、習慣にしてしまえばどうということはない。これか習慣になれば、節約、節約とピリピリしていなくても、私のようにお気楽でも、安心して生活することができる。

今、あらためて思うのは、毎日お金のことが頭から離れない生活を送るのは、心の健康に良くないし、お肌にもきっと良くない。借金返済のために金策に走ることは、「金の亡者」とは言わないだろうが、結果的にはそれと同じような状態になってしまう。
お金は、生きていくにはなくてはならないものだが、あくまでも目的ではなく、手段のひとつに過ぎない。借金がかさんでくると、何かをするための手段として借りたはずのお金だったのに、お金を作って返済することが一番の目的になってしまって、生活の道具であるはずのお金に振り回されて、身も心もボロボロになってしまう。

生きる手段でしかないお金などに、振り回されてはいけない。お金も生活の道具だと思って、執着し過ぎず、粗末にし過ぎず、気楽に付き合って行けるようになれば、きっと、私のようにお気楽ながらも不安のない生活ができるようになるはずだ。
借金に悩む人にとって、債務整理は、今の自分とお金の関係のあり方を変えるきっかけになると思う。債務整理をしても、お金と自分の関係を変えられない人は、再び逆戻りをしてしまうかもしれない。お金が生活の「道具」であるように、債務整理は自分の生活を見直すための「道具」のひとつだ。上手に使いこなして、ピリピリしない、ゆったりした生活を手に入れて欲しいと思う。