2005年9月11日日曜日

債務者は“被害者”か?

「全国クレ・サラ・商工ローン・ヤミ金被害者交流会」という集会があるそうです。
この集会の実行委員会(宮古民商さん)から、当サイトで告知をして欲しいというご依頼がありました。
最近盛り上がっている対アイフル訴訟の話とか、金利問題についての話とか、特定調停で過払い金が戻ってきた事例報告などがあるようです。

とは言っても、具体的な債務整理の相談をするためのイベントではなく、債務整理に携わっている専門家や、債務者でも、ある程度返済のメドが立ってきたような人同士の「情報交換」という意味合いの強い集会のようですので、今現在、多重債務に陥って切羽詰っている人にはおすすめしません。そういう方は、最寄の弁護士会などに相談に行ってください。

このイベントは毎年1回、場所を変えて行われているそうですが、私は今回初めて知りました。個別に個人サイトに告知依頼のメールを送って回るような非効率なことをしなくても、過去のイベントの報告や今回のイベントの告知をするサイトを立ち上げて、PRすれば良いと思うのですが、そういったサイトはないそうです。
こういう集会を開催することも、意味のあることだとは思いますが、5年以上も債務整理関連のサイトを作っている私でさえ、こんな集会があることを初めて知ったほどですから、一般への浸透度は限りなくゼロに近いだろうと思います。
もう少し広く世間にアピールすることも考えればよいのに、ちょっと勿体ない気がします。

さて、このイベントも「被害者交流会」という名前がついていますし、主催者の中には「全国クレジットサラ金被害者連絡協議会」という団体も名前を連ねているようです。私はこの、債務者を「被害者」と呼ぶことにとても違和感を感じます。
高い金利とか、過剰与信とか、不当な取立とか、本来不要な保証人とか、根保証とか、債務者が「被害」にあったと主張できるような問題が存在していることは事実ですが、やっぱり自分の意志でお金を貸してもらっておきながら声高に自分は「被害者」だと叫び、債権者を加害者呼ばわりするのは節操がないと思います。
こういった団体の方は、多重債務者は「被害者」で、サラ金や商工ローンと「闘う」姿勢が必要だと言います。
私は多重債務者が闘う相手は、債権者ではなく、自分自身だと思っています。
まずは自分の中の物欲や計画性の無さと闘って、無理のない健全な家計と心を作ることで多重債務生活から脱却することができると思います。
債権者との闘いは、技術も知識もある専門家にお任せして良いことだと思っています。
だから私は積極的には特定調停を進めません。
自分の借金の状況を把握して、自分なりの返済計画を専門家に伝えた後は、自身の生活を立て直すことに専念して欲しいのです。
「あの債権者は減額に応じてくれるかしら」「この債権者とはいつ和解できるかしら」などと、整理のことばかり気にして、肝心の自分の生活の建て直しがおろそかになってしまっては意味がないと思います。

「被害者の会」とか「被害者交流会」を主催している方たちは、あえて「被害者」と言っているのだとは思いますが、この「被害者」という言葉を都合よく解釈して、多重債務者になっても反省もせず、あたかもすべて「貸す方が悪い」という理屈を堂々と唱えて開き直る債務者が増えることを懸念します。
以前の日記にも書いたとおり、高い金利や過剰与信が多重債務者を作る一つの要因になっていることは事実です。これは業界に改めてもらうよう、周囲からのプレッシャーをかけ続けることが必要だと思います。
でも、それと債務者が「私は被害者だ」と開き直ることはまったく別です。金利が高かろうが、与信が甘かろうが、その条件を飲んでお金を借りたのは自分自身です。「借りない」という選択肢もあるのに、あえて「借りる」方を選択したのです。その選択になんらかの「被害」を主張する余地はないはずです。

貸す側が内包している高金利などの問題と、借りる側が持っている無計画性などの問題は、別次元の問題です。まとめて論じられるものではないし、どちらの問題が大きいとか、重要だとか言えるものでもありません。
そのことが、うまく伝わると良いのですが、なかなかうまく説明できません。
だから、「高金利や過剰与信が問題だから債権者も自重して欲しい」と書けば、「多重債務問題は借りる本人の問題で、貸す側のせいにしてはいけない」と批判され、「借金したのは自分自身なのだから、人のせいにしないで反省しなくては」と書けば、「金利も高くて返せないとわかっていながら貸すサラ金も悪い」と批判されてしまいます。でも、私にとってはどちらも本心なのです。
多重債務問題を、被害者と加害者、敵と味方というような、対立軸を作って考えている人から見ると、私の言うことは矛盾しているように見えてしまうかもしれませんが、「多重債務者が反省して生活を立て直す」というプロセスの中に、債権者敵視の思想は必要ないですし、貸金業界に高金利や過剰与信などの是正を訴える際に、無計画に借金を繰り返す者のことまで擁護する必要もないと思います。

今現在、多重債務で苦しんでいる人が取り組むべき課題は、自分の生活の建て直し以外にはありません。ネット上を見ても、整理したらいくら減額になるのかとか、過払いをどうやって取り戻すのかとか、整理のテクニック的なことばかりが話題の中心になっているようなサイトや掲示板を最近は多く見かけます。そういう人たちが増えてきたことが、前回の日記でも書いた「噛み合わない感じ」の原因なのかもしれません。債務者自身が取り組まなくてはならないことは、自分の生活の建て直しであって、過払いを取り戻すことではないはずです。
債務者は貸金業者の「被害者」で、債権者と「闘う」べきだ、と煽るばかりでは、債務者から自省の機会を奪い、過払いを多く取り戻すことが債務整理の「成功」だという誤解を生んでしまいます。債務者自身が「債務整理が成功した」と言えるのは、借金をしなくても余裕を持って暮らせる生活スタイルを身に着けた時だと私は思います。
ただ、債務整理を扱う専門家にとっては、きちんと過払いを取り戻したり、訴訟をして多くの債務者有利の判例を作ることは債務整理の「成功」になります。その積み重ねが貸金業者へのプレッシャーになります。
「被害者」という言葉によって、両者の役割と区別が曖昧になっているような気がします。

特定の個人ではない「多重債務者」という塊で考えれば、「被害者」という言葉を当てはめても良いかもしれません。
しかし、個別の債務者ひとりひとりが自ら「被害者」と名乗ることは、何のメリットもないと思うのです。