2006年9月22日金曜日

サラ金の団体生命保険が廃止の方向へ

最近になって、金利問題とあわせて、サラ金と生保が結んでいる「消費者信用団体生命保険」の問題が急浮上してきました。

「消費者信用団体生命保険」(団信)とは、サラ金が自ら保険料を負担して借り手に生命保険をかけ、万が一借り手が死亡した場合、サラ金は保険料で債権を回収するというものです。

この保険に対しては、マスコミも、このことを知った個人ブログも、概ね批判的な論調が多く、「サラ金は命を担保にしてお金を貸している」とか、「最終的には保険金で回収できるので、借り手を自殺に追い込むような厳しい取立てにつながっている」などと言われています。

しかし、このような論調はむしろサラ金側の思惑に乗せられているのではないかと感じています。

私は突然この団信が槍玉に挙げられたことに、かなり違和感を感じています。
このような保険は以前からありましたし、住宅ローンを組んだ時などにも同じような生命保険がかけられます。
金利引き下げの方向で話が進んでいる中、団信の制度が厳しく批判される形で、突然浮上してきたことに、深読みしすぎかもしれませんが、まったく別の思惑の存在を感じるのです。

世間の強い批判を受けて、サラ金はこの団信を廃止する方針を固めたようです。

ひとつニュース記事を引用してみます。
<プロミス>10月にも保険利用打ち切る方針 他社追随も
消費者金融が債権回収のために借り手に生命保険を掛けている問題で、消費者金融大手のプロミスは20日、10月にも保険の利用を打ち切る方針を固めた。借り手が知らないうちに加入し、厳しい取り立てにつながっているなどとして、「命を担保」にしているとの批判が高まっていた。プロミス幹部は「遺族の負担軽減のためにやっているのに、誤ったイメージを与えられ、継続する意義がなくなった」と述べ、他の消費者金融も追随する可能性がある。
ただ、保険を打ち切れば、借り手の死亡によって債務を相続する遺族からの回収が問題となる恐れがある。
問題となっている保険は、消費者金融と生保が結んでいる「消費者信用団体生命保険」。消費者金融は保険料を支払う代わりに、借り手が死亡した場合は保険金を受け取る。年間の保険料が、受け取る保険金より多いが、プロミスは「自社の債権の保全と遺族に債務を引き継ぐことを防ぐ顧客サービス」として利用してきた。
しかし、多重債務者問題にからみ消費者金融の保険利用への批判が高まる中で、「借り手の遺族に対する利点が理解されず、消費者金融がこの保険で利益を上げているような誤解が広がった」ことから、保険の利用を継続するよりも打ち切るほうが、経営への影響が抑えられると判断した。契約している保険会社との協議がまとまり次第、最終決定する。
(毎日新聞) - 9月21日3時7分
私がサラ金の言うことを支持することはほとんどありませんが、この件に関してはプロミスの言い分はもっともだと思っています。

この件で問題があるとしたら、「生命保険をかけることを、借り手本人にきちんと伝えていなかった」という点です。

しかし、団信のおかげで、借り手が死亡した場合に借金が遺族に引き継がれずに済むというのは事実です。

利息制限法で計算し直せばすでに過払いになっている場合でも、その事実を遺族に伝えたり、過払い金を遺族に返還せずに、契約時の利率のまま残債をちゃっかり保険料として受け取っているので、この点を問題視する声もありますが、遺族にとって"突然降って沸いた借金返済義務"と"突然返ってきた過払い金"ではどちらが負担となるかは明らかです。

借り手本人が生存していれば、配偶者や子供であっても、借金の返済を肩代わりする義務は連帯保証人にならない限りは一切ありません。
しかし、借り手本人が死亡した瞬間、その借金は「遺産」となって、相続人に相続されます。
「遺産」というと、預金や土地建物など、プラスの資産だけだと勘違いしている人もいるかもしれませんが、借金もマイナスの「資産」として、プラスの資産と同じく相続されます。

私のサイトの掲示板にも、「家族に内緒で借金を整理したい」という人が多いのですが、突然不慮の事故で亡くなった人が、実は家族に内緒で複数のサラ金の借金を抱えていた、ということはあり得る話です。
団信があればサラ金は保険金で債権を回収しますが、団信が廃止になれば、サラ金は遺族に取り立てに来ます。
すでに相続人=借り手本人なのです。
遺族にとっては、大切な家族を無くした上に、突如サラ金の借金を負わされるハメになるのです。

亡くなった本人が残した資産が借金などの「マイナスの資産」だけなら、相続人が「相続放棄」をすることで、借金を引き継ぐ義務はなくなりますが、借金だけでなく、家など「プラスの資産」も残した場合は、相続放棄をすると家の相続の権利もなくなってしまいます。
都合良くマイナスの資産の相続だけ放棄する、というわけには行きません。

ですから、プロミスが言っているように、団信の目的が「遺族に債務を引き継ぐことを防ぐ顧客サービス」だというのは決して嘘ではないのです。
きちんと借り手にその意義を説明した上で、続けるメリットは、貸し手借り手の双方にあると感じています。

しかし、今回の批判を受けて、サラ金はあっさりとこの団信を廃止する方向に動き始めました。
それが逆に疑わしいのです。

本当はサラ金の方が、この団信制度を止めたかったのではないか。
そのために、わざとネガティブな情報を流したのではないか。

そんな気すらしてきます。

もう一度、上記の記事をよく読んでみると、
年間の保険料が、受け取る保険金より多いが、
という一文があります。
仮に本当に厳しい取立てをして、借り手を何人か自殺に追い込むようなことをしていたとしても、収支はマイナスなのです。
実はサラ金は、高い保険料を負担して、死亡した借り手が残した債権を保全するよりも、保険料負担をやめて、借り手本人が亡くなった場合は「遺族にガンガン取立てをかけた方が得」という判断をした、とも取れるのです。

一方で、団信を止めることによって、明らかな「貸し倒れリスク」も生まれます。
身寄りのない天涯孤独の借り手が死亡した場合は、相続人がいませんから、貸し倒れとして処理するしかありません。
相続人が相続放棄をしてしまったり、相続しても返済能力がなくて自己破産などをした場合も、サラ金は貸し倒れ処理をすることになります。

このような「団信を止めたことによる貸し倒れリスクの増加」は、今の金利引下げに向けた法改正の動きにブレーキをかけることになりかねません。
自民党がまとめた法案のとおり、特例金利の見直しを行うことになった場合、このような貸し倒れリスクの増加は、特例金利の継続や上限金利の引き上げなどを主張するための「武器」にもなり得るものです。

余りにも絶妙のタイミングで、サラ金が団信を廃止せざるを得ないようなニュースが出たのは、実は金利引下げを何とか阻止しようとする、貸金業界の画策の一環のようにも思えてきます。
団信を廃止しても、サラ金は保険料負担分の赤字が減少するので、実際はたいしたダメージにはならないでしょう。
本当に困るのは、むしろ借金を相続して取立てを受けることになる遺族の方ではないかと心配しています。

2006年9月19日火曜日

東京で債務整理の弁護士相談が無料化

東京は弁護士さんの人数が多いこともあって、弁護士会が3つあります。
3つの弁護士会は別に反目しあっているということはなく、さまざまな活動を協力し合って行っています。

その3つの弁護士会が共同で設けている、借金整理のための相談窓口が、

法律相談センター

です。

私は首都圏在住の方には、最初の相談先としてこの「法律相談センター」をお勧めしています。(東京都民でなくても相談できます)
最近はネットなどで広告をして、直接債務者を集める法律事務所も増えていますが、その中には実務はすべて事務員任せで、弁護士は挨拶程度にしか出てこない、という事務所もあります。
その点、この「法律相談センター」に行けば、間違いなく弁護士が30分間は一対一で相談に乗ってくれます。時間延長も可能です。

私も6年前、「ふくらんでしまった自分の借金を何とかしたい」という思いでこの法律相談センターの四谷センターに相談に行きました。
そしてたまたま相談担当になった弁護士さんにそのまま任意整理を委任しました。
それで一気に気持ちも借金の負担も軽くなり、無理をしなくても、順調に借金を無くすことができたことは、サイトの返済日記に書いてあるとおりです。

私が相談に行った当時は、相談料が30分5,250円(税込)でした。
当時は上記のような立派なWebサイトもまだなくて、タウンページで偶然見つけたように記憶しています。
当時の私はほとんど収入もなく、まともな食事もできないほどでしたから、相談料と四谷センターまでの交通費の6千円弱の出費はたいへんな痛手でした。
それでも、相談に行ったことで事態は一気に好転しましたし、長い目で見れば決して損にはなっていない出費ですが、借金を抱えて貧窮していた時に5千円払うのは、余りにも痛い出費であることも事実です。

1~2年前だったと思いますが、この「法律相談センター」の相談料が30分2,100円に引き下げられました。
まだ「弁護士の法律相談は30分5千円」というのが「相場」でしたから、2,100円に値下げしたことは随分画期的だな、と思いました。

相談料が5千円の時代には、相談を受ける弁護士にも日当が支払われていたそうですが、2千円に下がった時点で、相談料は全額センターの維持費に当てられ、弁護士への支払いはゼロになったそうです。
もちろん、私のようにそのまま債務整理を委任すれば、相応の費用は支払いますが、相談にきた人が全員その弁護士に債務整理を委任するとは限らないので、その場合は無報酬ということになります。
債務整理をする弁護士を、「金儲けのためだ」と非難する人も結構多いのですが、儲けになるかどうかもわからないのに、日々無償で債務者の相談に乗ってくれる弁護士もいることは知って欲しいと思います。

その「法律相談センター」が、9月から相談料を無料にしたそうです。
センターの維持費も弁護士会の持ち出しにした、ということですから、とても素晴らしい決断だと思います。
無料になったのですから、首都圏の方には、最初の債務整理の相談先として、今まで以上に強くおすすめします。

自治体などが主催する「無料法律相談」もありますが、この場合は必ずしも債務整理に詳しい弁護士が相談に乗ってくれるとはかぎりません。
その点、この「法律相談センター」の弁護士は日ごろから債務整理を扱い、多くの債務者の相談を受けてきた弁護士です。

他の弁護士会・司法書士会もこの動きに追随して、債務整理の相談料無料化をぜひ考えて欲しいと思います。
5千円でも、多重債務者にとっては大きな大きな出費です。タダでも敷居が高く感じる「専門家への相談」が、「相談料」という出費によって、より大きな敷居になっていることもあるのです。

2006年7月3日月曜日

アイフル元社員の激白

アイフル元社員の激白―ニッポン借金病時代アイフル元社員の激白―ニッポン借金病時代
笠虎 崇

花伝社 2006-06
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猫次郎さんがブログで紹介していたので、「アイフル元社員の激白―ニッポン借金病時代」という本を読んでみました。

先日のアイフルの行政処分に乗った、タイムリーな出版なので、最初は元社員の暴露本的な内容に終始しているのかとも思いましたが、サラ金業界全体を眺める視点で客観的に書いてあり、決して"暴露本"ではありませんでした。

この本はアイフルの元社員のブログをまとめた本です。
作者は私よりだいぶ若い方のようですが、わかりやすく客観的にアイフルを中心としたサラ金業界について上手にまとめていて好感が持てました。
細かくひとつひとつ挙げて行けば、私とは考え方が異なる点もありますが、概ね共感できる内容です。

作者はアイフルの中でも特別評判が悪い「不動産担保ローン」を担当していたそうで、私が知らなかった融資の現場の話などは興味深く読むことができました。
これを読むと「アイフル被害対策全国会議」の言っていることが全部嘘のようにも思えてしまうのですが、実際は「どちらも真実」なのだと思います。
貸す側と借りる側、それぞれの立場でのそれぞれの視点からの考え方を知ることは、多重債務問題・金利問題を考えるにあたっては意義のあることだと思います。

先日のアイフルへの行政処分については「同じようなことは他のサラ金でもやっているはずなのに、なぜアイフルだけが処分されたのか」を、業界全体の勢力図を示しながら解説していて、これには私も目からウロコ、という感じでした。

マスコミの勉強不足やCM垂れ流しに対する批判などは、このブログで私が書いてきたことと共通する部分も多く(この作者さんの方がずっと上手に書いていますが)ありました。
連帯保証人になることの恐ろしさ(愚かさ)や、サラ金の影に隠れて債務者を圧迫している信販会社の問題など、借りる側にも貸す側にも参考になる切り口も多く、サラ金と付き合いのある人だけでなく、多くの人に読んでもらいたい内容です。

特に学校の先生に読んでいただき、借金の恐ろしさや金利のこと、連帯保証人のことなどを子どもたちにきちんと教育して欲しいと改めて感じました。

2006年6月23日金曜日

多重債務問題シンポジウムレポート(3)

2006年6月15日に行われた日弁連主催の多重債務問題シンポジウムの参加レポートの第3回です。第1回はこちら
第2回はこちら

今回のシンポジウムのプログラム中で私が個人的に一番興味を持ったのが、静岡大学経済学科の鳥畑教授による「高金利正当化論を斬る」と題された講演でした。

元多重債務者という立場で多重債務や金利の問題に関心を持つようになった私に、日本の経済や市場の観点からこの問題を考える、という視点が欠落していることはずっと自覚してきたことです。
ましてや、私の経済学の知識レベルは中学で習う「政治経済」のレベルです。
そんな知識レベルでもわかるような、経済や市場の観点からの金利問題を論じている本やサイトをずっと探していたので、今回のプログラムにはとても期待を寄せていました。

ところが、第2回のレポートに書いたように、国会議員の先生方の熱弁のおかげで時間が押してしまい、鳥畑教授のお話はほんの"サワリ"だけで終わってしまいました。
配布された資料の中に、雑誌に寄稿するために鳥畑教授が書いたこの問題についての原稿が入っていて、「後はそれを読んでください」ということになり、ほとんど説明を聞くことができませんでした。

第3回のレポートのアップに時間がかかってしまったのは、中学生レベルの経済学の知識しかない頭で、この鳥畑教授の原稿をなんとか理解しようと格闘していたからです。
なので、理解度も中学生レベルだとは思いますが、私なりに読み取ることができた内容を整理してみます。

さまざまな経済理論を使って、金利引下げの動きに異を唱える人もいます。
貸金業者はもちろんのこと、経済学者や政治家の中にもこのような人たちがいます。
この人たちは、金利引下げを「感情論」と一蹴し、「高金利の方が借り手のためになるのだ」と言っています。
このような人たちは、サラ金の市場を以下のように捉えているようです。

1.サラ金市場においても市場原理は正しく働く

市場原理というのは「物の値段は需要と供給のバランスで決まる」ということです。
貸す側と借りる側の需給バランスによって、金利は自然に決まってくるのだから、法律で規制するようなことではない、と言うのです。

売り手が増えれば価格が下がり、買い手が増えれば価格が上がる株式や為替の市場は、この市場原理の典型ですが、サラ金の市場をこのような市場と同じだと捉えることには無理があります。

正しく市場原理が働き、「適正価格」が本当に「適正に」設定されるためには、需要と供給(債務者とサラ金業者)の情報量・知識レベル・交渉力などが対等でなければなりません。
金利や貸付条件が異なる複数の供給側(サラ金業者)の中から、需要側(債務者)が自分にとって一番適切で有利なものを合理的に選び取ることで「適正」金利が自然と決まる、と言うのが高金利正当化論者が見るサラ金市場です。

しかし、実際に多重債務に陥った人ならすぐにわかると思いますが、サラ金から借りる時には、情報を収集して複数の会社の比較検討を行うような余裕はほとんどありません。
片っ端から融資を申し込み「貸してくれる所から借りる」だけであって、利率は比較したり交渉したりするものではなく、借りた結果として後からついてくる物です。
「金利が高いから借りない」などと言う余裕はありません。
物を買う時に価格比較を行うのと同じようにサラ金の金利比較を行うと考えるのは、非現実的です。

つまり現実のサラ金市場では、金利は需給バランスの中で決められているのではなく、供給側が一方的に定めて需要側に半ば強制的に押し付けているものです。
サラ金の広告は、たいてい幅を持たせた利率表記をしていますが、借り手がその幅の中で自由に利率を選ぶことができるわけではありません。
サラ金側が、勝手に借り手をランク付けして、勝手に利率を決めているのです。

2.上限金利を定めることによってハイリスクの借り手が闇金市場に流れる

上記でサラ金が一方的に利率を決めている、と書きましたが、サラ金側から見れば、これは「リスクに応じた利率設定」ということになります。
借入件数や借入額が大きければ大きいほど、貸し倒れのリスクは高まるわけですから、その分利率を高く設定するのは当然、というわけです。
だから、上限金利を定めてしまうと、それ以上にハイリスクな借り手には貸してあげることができなくなるので、その借り手は闇金に流れる、という理屈です。

市場原理としては当然なのかもしれませんが、債務者の側から見れば、これはどう考えてもおかしな話です。
サラ金から見たハイリスクな借り手とは、大きな金利負担を抱え、返済に窮している人です。そんな人に更に高金利で貸付を行えば、いっそう金利負担が増え、貸し倒れリスクはより高まります。
むしろ、金利負担を少なくしてあげた方が、貸し倒れリスクは低くなるはずです。
企業の投資目的の借入なら、借入元本の調整によって、利率が高くても、実際の金利負担の金額を減らすことができますが、生活費を借金で賄っているような個人債務者に「元本調整」なんて、求める方が間違っています。
借り手の金利負担が減れば、金利返済のための借入は必要なくなるのですから、法外な高金利の闇金市場にまで足を踏み入れる借り手は減るはずなのです。

「金利が下がる=闇金が増える」という発想は、高金利でしか借入ができない「ハイリスクな借り手」が、何もしなくても最初から存在している、という理屈で成り立っていることになります。
実際には「最初からハイリスクな借り手」はほとんど存在しないはずで、本来低リスクな借り手が、サラ金に高い金利と過剰な与信を付与されることによって、「ハイリスクな借り手に転落する」、という側面があることが抜け落ちています。
ですから、闇金市場のニーズを作り出しているのは「リスクの高い借り手」ではなく、「リスクの高い借り手を生み出しているサラ金」だとも言えます。

返済のために借り入れを繰り返し、生活に切羽詰って借り入れをする人が、サラ金業者にとって「ハイリスク」だからと言って、高い金利を課すことは、そのリスクをより高めることになります。
「ご利用は計画的に」「借り入れと返済のバランスを考えましょう」などと広告をしているサラ金業者が、「計画的でないご利用」を促進し、「借り入れと返済のバランスを無視した」金利設定と過剰与信によって、「ハイリスクな借り手」を日々生み出し、闇金融市場に送り出す結果になっています。

以前の記事にも書いたように、サラ金業界は2000年に出資法の上限金利が40.04%から29.2%に引下げされたことにも大変な不満を持っています。
そして、これ以降に闇金被害件数が急増していることを、金利引下げのせいにしています。

本当に上限金利が下がったせいで闇金増えたのでしょうか。

この時期は「痛みを伴う改革」を引提げて小泉首相が登場した時期です。
バブルの煽りを受けて、多額の不良債権を抱えた銀行に、「不良債権処理」という命題が課せられ、そのツケは「貸し渋り」「貸し剥がし」という形で、中小零細事業者や個人へと回ってきました。
銀行の低利な融資で事業を回してきた事業者が、突如融資をストップされてしまえば、例え金利が高かろうが、違法業者であろうが、貸してくれる相手を探さざるを得ません。

銀行融資はほとんど、以前から利息制限法の範囲内で行われており、その利率では問題なくお金を回せていた人たちが、その利率での融資を受けられなくなり、グレーゾーン金利やそれ以上の利率の融資を受けるようになった、と考えられます。
そうなると、出資法の上限金利は確かに下がったかもしれませんが、この時期に実際に融資を受けた人にとっては、実質的には金利の引き上げが行われたも同然だったのではないでしょうか。

こう考えると、「金利の引下げ=違法金利業者の台頭」という理屈は益々怪しいものになります。

このような観点から、鳥畑教授は

サラ金市場に適正な市場原理は働かないので、利率の決定を市場原理に任せるべきではない

と、論じています。

金利の設定は、サラ金市場のいびつな市場原理(需要側と供給側の力関係が極端にアンバラス)に任せるのではなく、借り手の返済能力に見合った設定をするべきであり、これには法規制が必要です。

「高金利正当化論」とは、サラ金業界や、そこから恩恵を受けている人たちが、机上の経済学理論の"オイシイとこ"取りで構築した理論であり、現実のサラ金市場の歪みからは目を背けているのではないかと感じます。

この記事を書くのに、丸2日かかりましたが、中学生レベルの経済学の知識では、この程度が限界です。
自分でも、上手く説明できているとはとても思えません。
これからも勉強して、加筆・修正を重ねて行こうと思っています。

これで、多重債務問題シンポジウムのレポートは終わりです。
すべてを紹介しきれたわけではありませんが、ここで書ききれなかったことは、今後の記事や掲示板でのレスなどに生かして行くつもりです。

●最後に蛇足ですが・・・
このレポートは、「高金利正当化論を斬る」という講演のレポートなので、高金利正当化を唱えるサラ金業者の非だけを挙げていますが、私が「多重債務問題は貸す側が悪い」という考え方に転向したわけではありません。
私は、従来から繰り返し述べているように、「借りる側にも貸す側にも問題点があり、どちらかを一方的に非難すべきではない」と考えています。

2006年6月18日日曜日

多重債務問題シンポジウムレポート(2)

2006年6月15日に行われた日弁連主催の多重債務問題シンポジウムの参加レポートの第2回です。第1回はこちら

元債務者たちの報告の後、来賓の国会議員さんたちからの挨拶がありました。
テレビの討論番組などを見ていてもいつも思うのですが、国会議員さんというのは饒舌です。長い割には特筆すべきような話はなく、金利問題を日銀総裁の村上ファンド投資問題に無理やりこじつけてアピールするような野党議員もいて、ちょっとウンザリしました。
金利問題解決に、国会議員さんの力が欠かせないのはわかりますが、おかげで、後のプログラムが押してしまい、じっくり聞きたかった経済学の先生や宇都宮弁護士の話が大幅に割愛されてしまったのはとても残念です。

その後、金利問題の論点整理と、今の司法・立法・政府の動向の報告が3人の弁護士さんからありました。

日弁連が求めている法改正は以下の4点です。

●出資法の上限金利(29.2%)を利息制限法の制限金利(15~20%)に引き下げる
●貸金業法43条「みなし弁済規定」の撤廃
●日掛け金融等の特例金利の廃止
●脱法的保証料徴求の禁止

アイフルの行政処分をきっかけに、利息制限法と出資法の間にある「グレーゾーン金利」の存在は報道などによって、広く知られるようになりました。
この「グレーゾーン」を撤廃し、金利を一本化することは、ほぼ国会内でもコンセンサスが得られているようです。
問題は、

利率を何パーセントにするのか

というところにあります。

もちろん、日弁連は「出資法を利息制限法にあわせるべき」という見解で、利息制限法そのものも、これだけ低金利の時代になった今、それに見合った引き下げを検討する余地すらある、と考えています。

しかし、以前の記事にも書いたとおり、「利息制限法を出資法にあわせるべき」「両者の間を取って、22~25%ぐらいで決着してはどうか」と考えている人たちも少なくありません。
詳しくは後で書きますが、「そもそも金利の上限を定めることが、規制緩和の流れに逆行している。金利は経済の需給バランスの中で自然に決まるものだ」という主張もあります。

しかし、金利は最高でも利息制限法の制限金利ぐらいまでが妥当なのです。
それ以上の金利では、家計は破綻します。
このシンポジウムに参加して、「収穫だった」と感じたことがいくつかあったのですが、そのひとつが、以下に紹介する数字のデータを教えてもらえたことです。
このデータが「金利は利息制限法の範囲内が妥当」と主張する根拠のひとつになります。

総務省の「全国消費実態調査」によると、家計の平均黒字額(収入から生活費等の支出を引いて手元に残る金額)は、

●年収250~300万円の世帯---19,728円
●年収350~400万円の世帯---26,180円

もちろん、地域や家族構成による差もありますし、節約・倹約に努めている家庭もあれば、湯水のように浪費している家庭もあるでしょうから、いちがいには言えませんが、借金の返済に回せるのは、この「黒字額」の範囲内ということになります。
黒字額を超えた返済をするためには、別の借金をしなくてはなりません。

年収300万円の家庭が、100万円の借金を作ったとします。
利息制限法の制限内であれば、年利は15%ですので、借入1ヵ月後に発生する金利は12,500円です。
従って、上記黒字額の19,728円を返済に回した場合、元金も7,228円返済できることになります。
この調子で毎月19,728円づつ返済すれば、約8年で完済できます。

一方、この借金に出資法上限の29.2%の年利がついている場合は、借入1ヶ月後には24,333円の金利が発生してしまいますので、毎月19,728円の返済では、金利すら払い切れず、利息によって債務額が増えていく一方だということになります。
不足分を補うために、別の借入をしてしまえば、翌月からはその分の金利負担も増えていきますから、このようないわゆる「自転車操業」を始めてしまうと、借金はあっという間に膨れ上がってしまいます。

これが、長年サラ金の借金を抱えている人の「返しても返しても元本が減らない」仕組みです。

よく、「借りたものは、少しづつでも、何年掛かってでも返済すべきではないか」と言う人がいます。
確かにその通りなのですが、それは利息がつかない場合の話であって、高利の借金を負ってしまうと「少しづつ」返しているだけでは「何年かかっても返済できない」ということなのです。

「金利を下げても借りるヤツは借りるのだから、金利を下げても多重債務問題は解決しない」と言う人もいます。
そういう側面も否定はしませんが、上記のシミュレーションの場合、利息制限法以内の利率なら、家計の黒字額分をきちんと返して行けば、新たな借金をすることなく完済が可能です。
同じ年収で、毎月同じ金額を返済していても、利息が高いというだけで、元本を減らすことすらできず、新たな借入をせざるを得ない人も少なからずいるのです。
金利の引き下げによって、少なくともこのような人を多重債務者にせずに済むのです。

全情連(主にサラ金業者が加盟している信用情報機関)の統計によれば、

●サラ金の顧客数--約1586万人
●うち借入件数5件以上(債務額205~292万円)--約229万人
●延滞情報または債務整理情報のある顧客数--約268万人

だそうです。

サラ金に借金がある人のうち約14.5%が、5社以上の会社から借りていることになります。
このうちの何割かは、金利が低ければ2件目、3件目の借入を起こさずに済んでいるはずです。

私自身も含め、多くの多重債務者が多重債務者になった理由は「返済できるかどうか考えもせずに借りられるだけ借りて、浪費し尽くした」からではありません。
「常に返済のことで頭がいっぱいで、返済資金を得るために別の借金をする、収入を全部返済に回し、今日の食事に困って新たな借金をする」ということを繰り返して多重債務者になった人がほとんどです。

返済のための新たな借金の必要をなくすこと

これこそが、多重債務者を減らすために必要なことです。
そのために、金利の引下げが、もっとも有効な手段のひとつだと言えると思います。

次回に続く

2006年6月16日金曜日

多重債務問題シンポジウムレポート(1)

2006年6月15日に行われた日弁連主催の多重債務問題シンポジウムの参加レポートの第1回です。

約2時間半のプログラムで、内容は大きく分けると下記の4点です。

1.元多重債務者などによる体験報告
2.司法・立法・政府の金利問題に対する考え方の確認と動向
3.日弁連や関係団体の多重債務問題・金利問題に対する取り組みの報告
4.経済学的観点から見た金利問題

体験報告では、5人のパネラーが順番にご自身の体験を語ってくれました。

・実際は700万円以上の過払いがあったのに、サラ金の取立てに追われてホームレスになり、病気になってしまった人

・本人の在・不在にかかわらず、職場にも家族にもサラ金から執拗な取り立てが続き、家庭崩壊の危機に直面した人

・仕事だと思って淡々と取り立て業務を行っていたものの、顧客の自殺に遭遇したことから、自分の仕事に疑問を感じ、結局退職した元サラ金支店長

・商売の運転資金の借り入れをきっかけに自転車操業に陥り、ついにはヤミ金にも多額の借金をしてしまったものの、利息制限法のことも過払いのことも何も知らないまま、長年に渡り多額の返済を続けていた人

・母親がサラ金に返済できなくなったことを苦にして自殺してしまったが、取引履歴を開示してみると、すでに過払いが発生していることがわかり、やり切れない思いをした人

こうして文字にしてしまうと「聞いたことのあるような話」で済んでしまうかもしれません。
私も正直なところ「多重債務体験は自分のサイトの掲示板でも、他のサイトや新聞でも十分聞いているから、いまさら体験談なんか聞いても・・・」と思っていました。
しかし、実際にご本人の口から体験を聞くのは、新聞やネットで見聞きしていたのとは比べ物にならないぐらいのインパクトがありました。
私は債権者を加害者よばわりしてパッシングするのは嫌いなのですが、このような体験者の人たちが涙ぐみながら「サラ金は許せません!」「ヤミ金が憎いです!」などと叫ぶのを目の当たりにすると、さすがの私も「ウンウン、絶対許せない說」と怒りが込み上げてきました。

時々私が槍玉に挙げることがある、民商系の多重債務者救済団体のほとんどは、サラ金を徹底的に悪人呼ばわりし、債務者は違法金利であることも知らされずに貸し付けられ、多額の返済を強制されてきた被害者だという主張をしています。
あまりにも極端過ぎて、全然ついていけない論法だと思っていたのですが、毎日毎日このような体験をしている多重債務者の話を生で聞き続けていれば、サラ金に対する怒りがどんどん募るのは当然のことかもしれません。

昨今の報道やネットの普及によって、数年前に比べれば債務整理のこともグレーゾーン金利のことも広く一般にも知られるようになって来ましたが、それでもまだまだ違法金利であることも知らずに、必死になって利息を払い続けている人や、払い切れなくなって自殺までしてしまう人も大勢います。
だから、サラ金の金利は違法だということは、もっともっと広く世間に周知しなくてはなりません。

しかし、だからと言って、

サラ金=加害者/債務者=被害者

という構図ばかりを強調するのも得策だとは思いません。

現実に多重債務者になったことがある人か、ごく身近にいた経験のある人でないとこの構図は理解できないと思います。
多重債務者とは無縁の人が「サラ金は加害者だ」と聞いても、単に自分のだらしなさから負った借金を貸し手のせいにしているだけ、と捕らえる人が大半でしょう。

返しても返してもまったく元金が減らない苦しみとか、執拗な取立てに追い詰められた時の精神状態などは、体験したものでないとなかなかわからないと思います。
私が今回のシンポジウムでの体験談に強いインパクトを感じたのも、彼らの体験には及ばないものの、同じような体験を持っているからこそだったのかもしれません。

このような"被害体験"を外に向かって語ることに意味がないとは思いませんが、こんな"被害者"を出すから、サラ金のやっていることはダメなんだ、サラ金は「加害者」なんだ、という論法では、単なる「感情論」で終わってしまう危険性があります。

淡々と「グレーゾン金利は違法なんだ」「サラ金の高金利では、一般家庭の家計では返済仕切れないのだ」ということを、論理的に説明する方が、様々な立場の人々の理解と同意を得やすいのではないかと思っています。

昨日の報告にも書いたように、今回のシンポジウムには、民間の多重債務者救済団体の人が多く参加していたようです。
元債務者たちの被害報告の時は、会場は立ち見も出るほど満員で、うなずきながら真剣に話を聞いている人がほとんどだったのですが、最後の方の経済学の先生の講演の時には、空席も目立つようになって、アクビをしている人もたくさんいました。
"債務者救済"というボランティア精神は素晴らしいと思いますが、学者さんのような客観的な立場からの話に耳を傾けないのは、いただけません。
感情論だけで、サラ金に敵意をむき出しにするのではなく、こんな問題には関わりも関心もないような人の立場や意見にも耳を傾け、そのような人たちに同調してもらえるような論法を身に付けて欲しいと感じました。

次回へ続く

2006年6月3日土曜日

自己破産を勧める弁護士は「悪徳」か?

1年以上前の話ですが、日経新聞の記者だと名乗る方からメールで取材を受けたことがあります。
その中で、「安易に自己破産を勧めるような悪徳弁護士と良い弁護士の見分け方は?」というような主旨の質問があり、とても驚きました。
日経新聞の記者ともあろう人が、どうして「自己破産を勧める弁護士は悪徳である」という考え方を持ってしまったのか、不思議でなりませんでした。

しかし、借金をテーマにしている個人ブログの中にも、破産を勧める弁護士を悪徳呼ばわりしているブログは結構多いですし、私のサイトの掲示板にも「弁護士に相談をしたら、すぐに破産をすすめられました。こんな弁護士はダメですよね?」というような書き込みが時々あります。

破産を勧める弁護士が、どうしてこんなにも悪徳呼ばわりされるのでしょうか。

債務整理における「悪徳弁護士」の代表格は、「提携弁護士」「整理屋弁護士」と言われる弁護士です。
いずれも、金融業者と繋がっており、「債務整理」と言いながら、実際は提携している金融業者に債務を一本化させ、金融業者と利息収入を山分けしたり、金融業者から紹介手数料を受け取ったりする弁護士です。このため、弁護士が直接債務者から取るお金は、まともな弁護士より少ない場合もあります。中には「相談料・整理費用は無料」だと宣伝し、金融業者からがっぽりマージンを受け取っていることもあります。(債務者は金融業者にがっぽり利息を払うということです)
ですから、「提携弁護士」「整理屋弁護士」は、債務者に自己破産を勧めることはありません。

それでも自己破産を勧める弁護士を「悪徳だ」といっている人は、弁護士の何が「悪い」と言っているのでしょうか。

債務整理に関する知識を多少持っている人が、自己破産を勧める弁護士を悪く言う場合、その理由としてよくあげているのが、
自己破産の方が他の整理方法よりも楽して儲けられる
ということです。

例えばサラ金5社に債務がある人の債務整理をする場合、任意整理だと弁護士が受け取る報酬は、一般的には20数万円です。自己破産だと一般的には30~40万円程度になります。
報酬額が少ないうえに、任意整理では債権者各社と減額や今後の返済方法について交渉をしなくてはなりません。
自己破産では、決まった書式の書類を作って、裁判所に提出するだけです。

だから、自分が楽をするために、簡単に自己破産を勧めているのだ、ということらしいのです。

そういう発想で誰にでも簡単に自己破産を勧める弁護士も中にはいるかもしれません。
でも、そんなに「儲け主義」な弁護士なら、そもそも個人の債務整理の相談なんか受けないと私は思います。
「楽して儲かる」という意味では、債権者側の顧問弁護士をやって、督促状でも送っている方が多分ずっと楽に儲かります。
自己破産の費用を踏み倒す債務者はいるようですが、企業が弁護士費用を踏み倒すことはそう多くないでしょうから、リスクもずっと低いです。

任意整理は個別に交渉するから、手間がかかって大変、というのも確かに正論ですが、多くの債務整理を手がけている弁護士なら、大手サラ金などとの交渉は、何人分かをまとめて行います。
慣れている弁護士であればあるほど、サラ金各社それぞれの債務整理への対応の仕方は熟知していますから、事前に話の持って行き方などの戦略も立てやすく、余程特殊な条件を提示しなければならない時以外は、そんなに大変ではないはずです。
むしろ、自己破産の方が、申し立てる地裁によって、同じ地裁でも担当の裁判官によって、判断が多少異なることがあるようで、申し立てをしてみないと、どんな考え方の裁判官に当たるのかわからない分、上申書などの作成に気を使う部分もあります。

一方、「自己破産を勧める弁護士は悪徳だ」という人が考える、「良い弁護士」とはどんな弁護士でしょうか。
いくつかのブログを読んだり、私の掲示板への書き込みを読むと、こんな「良い弁護士像」が浮かび上がってきます。

・債務者の気持ちを理解してくれる(親身になってくれる)
・債務者の希望通りの整理方法を取ってくれる
・和解までの時間が短い

このような弁護士が、本当に「良い弁護士」なのでしょうか。
あえて、この「良い弁護士像」に反論してみたいと思います。

・債務者の気持ちを理解してくれる(親身になってくれる)

私のサイトの掲示板にも「相談した弁護士が事務的で冷たく、親身になってくれなかった」というような書き込みが時々あります。
このような書き込みに対して、

弁護士は心理カウンセラーではなく、法律の専門家
弁護士への相談は悩み相談室ではなく、法律相談


だと私は返信をします。
弁護士がするべきことは、債務者の債務状況を把握して、客観的なアドバイスをすることです。相談者に感情移入をして、一喜一憂していては仕事になりません。
多くの多重債務者が弁護士相談に行き着くまでに、精神的にかなり疲弊しているのは事実なので、多少言葉を選ぶぐらいの配慮はして欲しい、と私も思いますが、どっぷり感情移入してもらう必要はまったくないと思います。
むしろ、一歩引いた位置から、専門家としての客観的アドバイスを受けることができるのが、法律相談を受ける意義だと考えます。
多くの弁護士は、客観的に債務者の状況を見て、専門家として「自己破産」というアドバイスをしているはずです。
初めて相談に行った債務者が、「簡単に自己破産を勧められた。素っ気無い」と感じてしまうのも理解はできますが、多くの債務者と接して来ている弁護士にとっては、だいだいの債務状況と生活状況がわかれば、どんな整理方法が一番良いかの判断はついてしまいます。

・債務者の希望通りの整理方法を取ってくれる

自己破産をしたくない、と思っている人が、弁護士に自己破産を勧められると、「この弁護士は親身になってくれていない」と感じるかもしれません。
でも、借金は希望や根性だけでは返済できません。
自分なりに、任意整理でも返済可能なプランを立てて相談に行ったのに、「自己破産しかない」と弁護士に言われた、と憤慨する人もいるようですが、自分ひとりで返済プランを立て、完済できるような人なら、そもそも多重債務者になどなりません。
まだ決まってもいないアルバイト収入とか、とても続きそうもない生活費の切り詰め方など、希望や気合だけに基づいた返済プランほど危ないものはありません。
債務整理の返済計画は、今現在の収入と今現在の生活費を基に考えるのが基本です。生活の見直しは必要ですが、債務整理を始めた途端、突然節約上手になるわけではありません。生活の建て直しは徐々に時間をかけてするものです。
どう考えても現実的でない、無理な返済プランだとわかっているのに、「任意整理したい」という希望を受け入れる弁護士が「良い弁護士」だとは、私にはとても思えません。
いかにその返済プランが非現実的なものであるかを説明し、自己破産をして債務を無くし、生活の建て直しだけに専念する道を取るように説得してくれるのが、本当の「良い弁護士」だと私は思います。

・和解までの時間が短い

任意整理の場合、債権者との和解に長い時間を要する場合があります。
それを、弁護士のやる気や能力のなさのせいだと思っている人もいるようです。
私自身は5社の任意整理をしましたが、1社は和解までに数ヶ月かかりましたし、結局和解することなく、5年後に時効を援用して残債をゼロにした会社もあります。
数ヶ月かかった会社は、弁護士さんがわざと和解を遅らせてくれた会社です。
それは、一括返済を提示すると、分割返済交渉をするよりも大幅な減額に応じてくれる会社だということを弁護士さんが知っていたからです。だから、一括返済できるだけのお金が貯まるまで和解を先延ばしにしてくれました。
時効まで引っ張った会社は、取引履歴を一部しか開示して来ませんでした。大きな過払いがあれば、訴訟をすることもできましたが、そこまでは望めなかったので、時効の援用にしました。
時間をかけたことによって、より有利な結果になったわけです。
和解までの時間で弁護士のやる気や能力を測ることはできません。
債権者が提示してきた和解案を、まともに交渉もせずに丸呑みしているからこそ、和解までの時間が短いということもあるのです。

ネットなどでの情報量が増え、債務整理手続きは専門家に委任しなくてもできる簡単な手続きだという認識が高まっています。
「素人でもできる簡単な手続きなのに、高額な費用を取る」と弁護士を批判するブログなども多く見かけます。
ズルズルと借金を抱えて自転車操業しているだけの人が、ちょっと債務整理の知識をかじっただけでわかった気になり、ブログで借金の相談を受けて、とんでもない的外れなアドバイスをしているのも見かけます。

真剣に債務整理に取り組んでいる弁護士さんたちも、随分ナメられたものだと悲しくなります。

その延長線上で「自己破産を勧める弁護士は悪徳」という理屈が生まれてきたのかもしれません。

難易度は低くても、債務整理手続きは「法的」手続きであり、正確な知識を持っていない素人が「気軽に」行うものではありません。マニュアル本には書いていない、イレギュラーな事態が起こった時、弁護士がついていれば上申書1枚で済んだものが、個人で行っているせいで長期間の訴訟に発展してしまい、結局費用も時間も膨大にかかってしまう、ということもあり得ます。

一方、それほど債務整理の知識がない人が「自己破産をすすめる弁護士は悪徳」だと感じるのは、「自己破産」という言葉が持つネガティブなイメージのせいもあると思います。
テレビドラマなどに出てくる「自己破産した人」は、家も仕事も失って路上生活をしていたりしますし、何億円もの借金を作った人が「自己破産だけはしたくないから必死に働いて返済している」というストーリーが過剰なほどの美談として演出されていたりと、マスコミは自己破産者を社会的に抹殺された落伍者のように扱うのが好きです。
私のサイトの掲示板に相談にくる人の中にも、自己破産することを犯罪だと勘違いしているのではないかと思うような人が少なくありません。
そのようなイメージだけで自己破産を捉えてしまっていると、それを勧める弁護士があたかも「自分を奈落の底に突き落とす悪人」に見えてしまうのかもしれません。
しかし、実際は自己破産は社会の落伍者になりかかっている人を救済し、普通の生活ができるようにしてくれる制度です。
自己破産によって、奈落の底から生還できるのです。

多くの弁護士は、ご自身の専門知識や経験に基づいて客観的に判断をし、自己破産が一番良いと思われる時に自己破産を勧めています。
多少の過払いが発生している可能性があったとしても、時間をかけて返還交渉や訴訟をするよりも、一刻も早く債務を無くし、生活の建て直しに専念した方が良い、と判断する場合もあり得ます。
過払い金の返還は、「請求する権利がある」というだけで、「請求しなくてはならない」ものではありません。

債務整理は過払いを取り戻すためのものではなく、あくまでも債務を軽減し、生活を建て直すためのものです。
弁護士は、生活の建て直しにもっとも有利な手段が自己破産だと判断してアドバイスをしてくれているのかもしれません。

自己破産を勧めてきた弁護士をハナから「悪徳」だと決め付けないで、なぜ自己破産が良いのか、納得するまでじっくりと説明してもらってください。
説明してもらっても、まだ納得できなければ、別の弁護士に相談すれば良いと思います。

2006年5月16日火曜日

パチンコ・パチスロ依存を考える

多重債務に陥るきっかけのひとつに、パチンコ・パチスロがあります。
私のサイトの掲示板に相談に訪れる人の中にも、ご自身がパチンコによって借金を作ってしまった人、家族がパチンコによって借金を作ってしまった人などがたくさんいます。
ですから、パチンコ・パチスロに関することも、いつかは書こうと思っていたのですが、先延ばしになっていました。

今になって、パチンコ・パチスロの問題を記事にしようと思ったのは、サイト開設当初からの数少ない相互リンク先である吉田猫次郎さんがblogでパチンコについて触れていたことがきっかけです。

まず、本題に入る前に、私とパチンコ・パチスロとの関わりです。
・パチンコ・パチスロは18歳の時から時々やっている(年に2~3回)
・ただし、本当に暇とお金が余っている時しかやらない(借金してまでやったことはない)
・私の彼はパチンコ・パチスロ業界人(店にもメーカーにも関わる立場)

ですから、私はパチンコ・パチスロに対して嫌悪感はまったく持っていませんし、彼が業界の人ですから、パチンコ・パチスロの話は非常に身近な話題のひとつです。
パチンコ・パチスロに夢中になる人の気持ちもわかります。
でも、何事も「腹八分」が良いのです。
「腹八分」で辞められない人が、借金をしてでも打ち続け、家族まで巻き込んでしまうような不幸な結果を招いてしまうのです。

今回この記事を書くに当たって、参考にさせていただいたのは

パチンコ・パチスロ依存症を予防するためのホームページ

実はこのサイトを運営しているのは「東京都遊技業協同組合」という、パチンコ・パチスロ業の業界団体です。
パチンコ・パチスロ業界の警察との癒着構造や、高コスト体質などは常に指摘されていて、「自浄努力を差し置いて、消費者を啓蒙しようとはけしからん」と思う人もいるかもしれませんが、精神科医などの専門家が監修していて、非常に良くできているサイトです。
パチンコ・パチスロ依存に対する正しい理解を深めてくれるページですので、「最近ちょっとスロにハマりすぎかも」と思うような人はもちろん、「家族がパチンコばかりしていて困る」というような、周囲の人たちにもぜひ読んで欲しいと思います。
ただし、やはり業界が作っているサイトですから、「パチンコ・パスロをやるな」とはどこにも書いてありません。

だからと言って、パチンコ・パチスロを規制すれば問題が解決するということでもないと思います。
「サラ金を規制すれば、ヤミ金が台頭する」という考え方があるように、「パチンコを規制すれば、バカラなどのヤミ賭博が台頭する」という危険性もあります。
また、借金してまでパチンコ・パチスロに熱中している多くの人は、「パチンコ依存」に陥っていますから、「パチンコ」という依存先を取り上げてしまえば、今度は別の依存対象を見つけるだけです。
実際、「アルコール依存症」の人が、大変な思いで治療を受けて、やっとアルコールなしで生活できるようになった途端に、今度はパチンコに熱中して「パチンコ依存症」になってしまう、ということも少なくないそうです。

「依存症」という心の病気に関しては、過去にも「買い物依存症」の記事などを通じて書いてきましたので、簡単におさらいをしておきます。
ギャンブル愛好家(好き)とギャンブル依存症の違い
ギャンブル愛好家は自分のギャンブル行動をコントロールすることができます。例えば余暇を使ってギャンブルをするし、つぎ込むお金も生活を営んでいく上で出せる金額だけです。仕事中にギャンブルをしに行ったり、家賃や食費など、本来ギャンブルにつぎ込むお金でないお金をつぎ込んで生活を破綻に導くようなことはしません。風邪は熱が出たり咳がでたりするのが症状であり、自分の意志や根性でコントロールできないからこそ病気であるのと同じように、ギャンブル依存症はやってはいけない、やればいろんなデメリットがあるとわかっていても行動をコントロールできずギャンブルをしてしまう病気なのです。
パチンコ・パチスロ依存症を予防するためのホームページ パチンコ・パチスロ依存症とは何か?
この文章の「ギャンブル」を「買い物」に置き換えれば「買い物依存症」ですし、その他にもアルコールや薬物はもちろん、「恋人」「宗教」「スポーツ」「仕事」「食べ物」など、様々な「依存症」があります。
先天的にこのような「依存症」になりやすい脳を持って生まれてくる人がいるそうで、同じようなストレスを受けても、「依存症」になる人とならない人がいるのは、ある程度先天的な理由があるようですが、特に、周囲の人がわかってあげなければならないのは、

「やればデメリットがあるとわかっていても自分の意志や根性でコントロールできない」

というところです。
家族は、パチンコ通いを続ける人に「どうして止められないの」「だらしない」「意志が弱い」と言ってしまうことが少なくないと思いますが、もはや意志でセーブできなくなってしまうのが「依存症」の怖いところです。
更にこの病気の進行させてしまうのが、本人の無自覚です。
依存症患者が「私は依存症だ、病気だ」と自覚していることは少なく、自分の意志でパチンコに通い続けていると錯覚しています。
本人も家族も「病気」だと認めない「病気」なのですから、なかなか顕在化せず、周囲の理解も得られず、逆に周囲にギャンブル依存であることや、それにともなって多額の借金があることなどを、必死になって隠そうとします。
ですから家庭の内部だけで問題を抱え込んでしまうことになり、顕在化しないままより深刻化・泥沼化して行きます。
だから、

「依存症」は本人だけではなく、家族全体の「病気」なのです。

家族全体で治療に取り組まなくてはならないのです。
アメリカなどでの研究に拠れば、このような「依存症」になる人の多くは、子供の時に疎外感や孤独感を感じていて、「自分は誰からも必要とされていない」「自分なんかいてもいなくても関係ない」と思ったことがあるそうです。
家族から暴力を伴うような虐待を受けなくても、例えば、兄弟に比べて自分は成績が悪くて、親も親戚も兄弟ばかりを褒めていたというような体験がコンプレックスになり、自分の「居場所=生きがい」を見つけられなくなり、そこで心の成長が止まってしまっているそうです。
反骨精神があれば、「お兄ちゃんより自分が褒められるようになろう」とがんばって勉強をして良い成績を取る努力しますが、少しは努力してみたものの報われなかったり、最初からコンプレックスだけに支配されてしまうと、努力を放棄して、「ある日目覚めたら、お兄ちゃんと入れ替わっていて欲しい」とか、あり得ない空想にふけりながら体だけが成長してしまうのだそうだす。
そんな時、たまたまやったギャンブルで大勝ちしてしまうと、「自分の居場所はここだ、自分にはギャンブルの才能があったのだ」と勘違いして、一気にのめり込んでしまうそうです。
それを見た家族が「やっぱりお前は、お兄ちゃんと違って出来が悪い、ギャンブルなんかやってみっともない」などと、より本人の疎外感を煽るような言動をすればするほど、本人はますます家庭を避け、ギャンブルにのめり込んでしまいます。
むしろ、家庭の中での役割や居場所をきちんと作ってあげて、家族みんなで本人を「頼りにしている」という姿勢を貫くことで、本人は「パチンコ屋に行くより早く家に帰ろう」という気持ちになるのではないでしょうか。

依存症の治療には、お薬が使われることもありますが、メインはカウンセリングやグループミーティング(同じ依存症患者同士で話す)だそうです。
そして、同時に依存症患者の家族同士のミーティングや、家族に対するカウンセリングが平行して行われるそうです。
当然のことながら、家族が愚痴を言い合うミーティングではなく、正しい「依存症」の知識や対処法を学び、励ましあう場です。
本人に「依存症だ」という自覚がなく、なかなか治療を受けようとしてくれない場合は、家族だけでもこうしたミーティングやカウンセリングを受けることで、適切な対応ができて、本人が直接治療を受けずとも依存症が治ってしまう場合もあるそうです。

研究に拠れば、ギャンブル依存症患者の多くは「努力しないで成功することを夢みている」「ギャンブルをしていればいずれ大勝ちして、働く必要がなくなると信じている」そうです。
試しにネットを検索すると、「パチンコやパチスロで借金を返済する」と豪語しているブログがたくさんあります。
読んでいるこちらは「アホじゃないの?」と言いたくなるような夢物語ですが、ご本人は至って真剣で、根拠のない自信に満ち溢れています。
たまに、そういうブログを見かけると、債務整理をするようにコメントをつけてみるのですが、必ず拒否されます。
「借金の返済」をパチンコ・パチスロをやる理由にしているだけで、本当に「借金の返済」を目的にしているわけではないからです。
あくまでも「打つ」ことが目的であって、「借金の返済」を言い訳に使っているだけなのです。
そんな人に、パチンコ・パチスロを止めるように説得するのは、相当に困難なことでしょう。
カルト宗教やマルチ商法にハマッている人を、正論だけで止めさせることが極めて困難なのと似ていると思います。
業界内部の人がハッキリ「勝てない」と言い切っているブログもありますが、恐らくこれを見せても「自分だけは勝てる」という根拠ない自信は揺らがないと思います。
私の彼も若い時からパチスロ好きで、「好き」が高じて仕事になった人ですが、彼も「今のパチンコ・パチスロは勝てないから、自分の金で打つ気がしない」と言っています。

今回、依存症関連のサイトを見て回っているうちに、私は「借金依存症」という言葉を思い付いてしまいました。
ここ1~2年のブログの台頭によって、様々な考えや行動の人がブログを立ち上げているわけですが、その中には、ひたすら借金をしては返し、返してはまた借金をし、ということを繰り返す、いわゆる「自転車操業」を続けている人も少なくありません。
中にはギャンブルをやっている人もいますが、そうでない人もたくさんいます。
この人たちは、この不毛な自転車操業を「自力返済」とか「大車輪」と呼んで、多額の借金と多額の利息を抱えているにも関わらず、ほんの数%利息の低い所に借り替えたり、借入日から1週間だけ無利息なサラ金を利用することを「利息の節約」だと自慢しています。
ある程度借金がまとまってくれば、数%利率を下げることよりも、より元金を多く減らす方が利息の支払額を少なくするのには効果的です。また、それ以前の問題として「借金のない人は1円たりとも利息を払っていない」という事実をすっかり棚上げして、本人は本当に自分は「節約している」と思い込んでいるようなのです。
この1週間無利息なサラ金を利用し続けるためには、毎週毎週サラ金のATM通いを続けなければいけません。わずかな利息を節約するために、ATMに通う時間や交通費をかけるのはもったいないですし、毎週50万円、100万円単位のお金をATMから引き出したり返済したりしていると、恐らく金銭感覚もおかしくなってくることでしょう。
この人たちも、私には上記の「やればデメリットがあるとわかっていても自分の意志や根性でコントロールできない」状態になっている「借金依存症」ではないかと感じます。
毎週ATMに通ってまとまった金額を借りたり返したりし、今日は利息を何百円節約した、と計算することが自分のステイタスになってしまっているのでしょう。
冷静に考えれば金銭的にも時間的にも、法的整理をすればずっと楽になることは明らかなのに、「自力返済」という魔物に取り付かれたかのように、不毛なATM通いを続けてしまうのだと思います。
でも、本人に「そんな不毛なATM通いを続けていても、たいして利息も減らないし、時間ももったいないし」と言ってみたところで、「私は好きでATM通いをしているのよ、放っておいて」と言われるだけです。

「借金依存症」と「パチンコ依存症」を併発してしまっているような人もたくさんいます。
借金依存にしてもパチンコ依存にしても、家族が一丸となって回復のために努力するのが一番良いと思うのですが、実情は当事者と周囲との距離は離れていく一方だと思います。
最初に紹介した猫次郎さんのブログについたコメントを見ても、家族がパチンコ依存だというような人の多くは家族を嫌い、パチンコを嫌って声高に「規制」を叫ぶばかりです。
「パチンコなんて、何がおもしろいのかさっぱりわからない」と、周囲の者がパチンコを嫌えば嫌うほど、依存している当人との距離は離れて行きます。
借金も同じで、普通の感覚では、毎週毎週サラ金のATMに通っているような人とは付き合いたくもないでしょうから、その事実を知った友人・知人はだんだん距離を取って行くに違いありません。
本来は、周りから取り残されてひとりぼっちになってしまったことが、自分の依存体質に気付くきっかけになるのかもしれませんが、幸か不幸か、ネットの普及によって、借金依存の人は借金依存の人同士、パチンコ依存の人はパチンコ依存の人同士で集まることができるようになってしまいました。自分のやっていることを正当化してくれる"仲間"ができるのです。仲間同士でお互いを肯定しあうことで、肯定しない者はどんどん遠ざけられてしまいます。
ネット上では、否定する者と肯定する者が棲み分けされてしまい、ぶつかり合うばかりで、融合することはとても難しいと感じます。
今回紹介した依存症対策のサイトのように、ネットには有益な情報もたくさんありますが、依存症の自覚がない人は、決してこんなサイトは見ないでしょうし、家族にパチンコ依存症を抱えている人でも、単に家族を「だらしない、みっともない」としか思っていなければ、このようなサイトを見ることもなく、「パチンコは害悪だ、規制しろ」といい続けるだけでしょう。
借金に関しても同じです。不毛な自転車操業をしている、という自覚がなければ、債務整理についてのサイトには見向きもしないで、「借り換え」や「大車輪」のサイトだけを見て回るだけでしょう。

パチンコや借金の依存症にはならなくても、「依存症」には誰でもなる可能性があります。
「パチンコをするヤツの気が知れない」と思っている人でも、「毎日コーヒーを3杯は飲まないと気がすまない」とか「毎日ビールを飲まないと物足りない」と感じている人がいるかもしれません。それが紛れもなく「カフェイン依存症」「アルコール依存症」への第一歩なのです。
相手を否定するばかりではなく、お互いに「明日は自分にもおこることかもしれない」と思って接することが大切だと思います。しかし、今のネット上ではそれは極めて困難なことだと感じます。
やはり、生身の人間同士、価値観が異なっても「家族」という枠組みで囲われた者同士が対峙して話し合わなければ、真の解決にはならないと思うのです。

2006年3月29日水曜日

買い物依存症

「買い物依存症」については、4年前の日記(2002年7月22日付の返済日記)の中で触れたのですが、ここ1年ぐらいの間に次々と立ち上がる「借金返済」と題したblogを読んでいると、頻繁に「買い物依存症」という言葉に出食わすようになりました。
特に女性で借金返済のblogを書いている方の多くが、自分の借金の原因のひとつに「買い物依存症」だったことをあげています。
本当に重度の「買い物依存症」で、精神科の治療を受けているような方もいるのですが、一方でただの「浪費癖」や「ブランド好き」を「買い物依存症」という言葉に置き換えているだけではないか、と思うこともたびたびあります。

ですが、実際に「買い物依存症」とただの「浪費癖」との違いを私自身がちゃんと理解できているわけではありません。
「買い物依存症」と「浪費癖」はどう違うのか、下記のサイトを参考に勉強させてもらいました。

なおるのがうれしい
  ☆上記サイト内「買い物依存症」のページ

このページの一番下の方には「購買意欲」と「買い物依存症」の境界線について、下記のような目安が書かれています。
●週3日以上が目安
もちろん購買欲求は誰にでもあるが、週に3日以上、それも日に数時間も「買いたい」「どうしても欲しい」という思いにとらわれて、その間、ほかのことに集中出来なかったり、我慢するのがとても不快であったりしたら、正常とは言い切れない。
さらに、精神科医が「買い物依存症」と診断する時の診断基準として、10項目が挙げられています。
☆診断基準:(5項目以上該当すると依存症の恐れあり)
<1>過去の買い物体験を生き生きと思い出したり、次の買い物計画を立てるのに固執することがある。
<2>どんどん高額な物を買いたくなる
<3>買い物を止めたり、その金額を減らす努力をしたことがあるが失敗した。
<4>買い物を止めたり、その金額を減らそうとすると、イライラする。
<5>現実の問題からの逃避や不快な気分の解消のために買い物をする。
<6>買いそびれた品物を後日、探し求めに行くことが多い。
<7>買い物に執着していることを隠すために、家族や友人にうそをつく。
<8>買い物資金を得るため、、盗みや詐欺など、非合法は行為をしたことがある。
<9>買い物にのめり込みすぎて、大切な人間関係や、仕事を失ったことがある。
<10>買い物で金がなくなり、他人に貸してくれるように頼んだことがある。
これらの記述から、素人なりに解釈できる「買い物依存症」と「浪費癖」の違いは、「買い物を抑制しようとしているかどうか」「買い物に罪悪感を抱いているかどうか」にあるような気がします。

「買う」ことに罪悪感を感じていない人は、診断基準項目にあるような「止めたり金額を減らす努力」自体をそもそもしないでしょうし、家族や友人に嘘をつくどころか、欲しかった物を買ったら、周囲に見せびらかしたくなるのではないかと思います。
「こんなに買ってはいけない、どうしてこんな買い物をしてしまうのだろう」という罪悪感を抱き、それを押さえ込もうとすることで、余計に買い物への執着が深まり、いざ買い始めると、仕事も人間関係も忘れ、借金や非合法な手段で資金を得てまで買い物に没頭してしまう、というのが、「買い物依存症」なのではないかと感じます。
その結果、上記のサイトであげられている事例にもあるように、そこまでして買った物を目に触れないような場所にしまいこんで使わないとか、捨ててしまう、といった行動が起きるのだと思います。

単なる「浪費家」の場合は、罪悪感を感じることもなく、欲しいと思った物を次々買い求め、ブランド品だったら特に、持ち歩いて周囲に見せて自慢したい、という思いが強くなると思います。
思いのままに買い物を続けた結果、クレジットカードの枠がいっぱいになってサラ金に手を出したり、夫のクレジットカードを使い込んでしまって返済しきれなくなってくると、「浪費家」にも「罪悪感」は生まれてくると思いますが、それは「買い物依存症」の人たちが抱く買い物そのものに対する罪悪感ではなく、返せないほどの借金を抱えてしまったことに対する「罪悪感」なのだと思います。

「借金返済」と題したblogを読むと、たくさんの自称「買い物依存症」がいますが、その中の何人が本当の「買い物依存症」なのでしょうか。

別に、批判をしたくてこんなことをかいているわけではありません。
本当はただの「浪費家」や「ブランド好き」の人たちが、自分を「買い物依存症」という病気だったと思い込んで自分を納得させてしまうことに、危うさを感じてならないのです。

本当に治療が必要なほどの「買い物依存症」患者なら、上記のページを読めばわかる通り、自己破産や債務整理をしたからと言って、「買い物依存症」が治ってしまうわけではありません。むしろ買い物の「資金源」が絶たれるわけですから、それまで以上にイライラしたり、不安になったりする可能性のほうが高いと思います。
もちろん、普段のストレスや不満から「依存症」になるそうですから、債務整理がきっかけで家族と改めて気持ちをぶつけあったりすることによって、ストレスや不満が解消され、債務整理と同時に「買い物依存症」も治ってしまった、という場合もあるとは思います。

しかし、もともと「買い物依存症」ではなかった人が、自分の借金の原因を「買い物依存症」のせいだったと思い込んで自分を納得させてしまうと、債務整理をして、当面は借金そのものへの罪悪感によって買い物欲をセーブすることができても、借金が減って、金銭的な余裕が戻ってくると、再び買い物欲が頭をもたげてきてしまうのではないかと心配します。

「浪費癖」がある人も、自己破産したからと言って、急に「倹約家」に変身できるわけではありません。
「私は浪費家なんだから」と何度も自分に言い聞かせながら、毎日チマチマと家計簿をつけ、小銭を数えながら生活していく中で、だんだんと「倹約家」へと変貌を遂げていくことができるのだと思います。
本当の「買い物依存症」だったら、医師の治療を受け、薬などで完治する可能性もあるわけですが、「浪費癖」の方は医者も薬も無しで、自分の力だけで治さなくてはならないので、その意味では「買い物依存症」よりも厄介なものかもしれません。

以前の記事でも書きましたが、多重債務と心の病をセットで抱えている人はかなり多いと思います。
でも、本当の心の病気ではない人が、心の病気を「騙る」のは、blogの記事として読者の興味を引くことはできても、自分自身のためにはならないと思うのです。