2007年12月30日日曜日

自殺する勇気、生きる勇気

このブログ内に、1年半以上前に書いた記事にも関わらず、毎日必ず一定数のアクセスがある記事があります。

パチンコ・パチスロ依存を考える

それだけ皆さんの関心が高いということでしょうし、借金問題とパチンコ・パチスロ依存の問題は深い関係がありますから、今後も機会があれば考察して行こうと思っています。

もうひとつ、借金問題と深い関わりがある問題があります。
それは「自殺問題」です。

サイトを開設して7年余り経ちますが、これまで私は自殺問題に直接言及したことはありません。
それは、「人の命」について語る責任の重さを背負う自信がないからです。

「たかが借金で死ぬ必要はない」と言うのは簡単ですし、実際、誰かを励ますために使ったこともある言葉です。
でも、私自身も多重債務で苦しんでいる最中には、漠然と「死ぬ」ということを考えたこともあり、その時誰かに「たかが借金で・・・」と励ましてもらったとしても、「この苦しみがわからないから軽々しく『たかが』なんて言うんでしょ」としか思わなかったかもしれません。
最近、貧困問題に関心を持つようになり、本当に「たかが」とは言えない借金問題もあることに改めて気付くと、ますます「借金ぐらいで死ぬな」とは言いにくい気持ちになります。

それでも、やはり、一度は言っておかなくてはならないのだと思います。

死ななくても、借金問題は必ず解決します。

私がこれまで自殺問題に触れなかったのには、もうひとつ理由があります。
私の個人的な体験のせいなのですが、これまで人に話したことはほとんどありません。
その体験を、少し書いてみようかと思います。
自殺願望者や、自殺で家族や親しい人を亡くした人の話はネット上に少なからずあると思いますが、赤の他人の自殺に影響を受ける人もいる、という話です。

私が5歳の時、父がある新築マンションを購入し、両親と私の家族3人はそれまでの借家からそのマンションに引っ越しました。
今思うと、父はその時まだ30歳でした。その若さで新築の4LDKのマンションを買ったのですから、父にとってはとても大きな決断だったと思います。折り合いの良くなかった父親(私の祖父)に、頭金を借りるために何度も頭を下げに通った、という話はずっと後になって母から聞きました。
そのマンションから、私は幼稚園も小学校も私立に通っていたので、一人っ子とはいえ、家計は結構たいへんだったと思います。

我が家は7階建てのマンションの1階で、南側には、マンションにしては広い庭がありました。北側が玄関で、玄関を開けると、よくあるマンションの廊下です。5歳の私の目線からでも外が見えるほどの低い手擦りの向こうは、駐車場になっていました。

そのマンションに住み始めて3年目、私は小学校2年生でした。
ある日の夕方のことです。家には母と私のふたりでした。私は自分の部屋で宿題でもやっていたのかもしれません。
突然、ドスーン!!という鈍くて大きな音が鳴り響き、それまで体験したことのない、地面のずっと下から突き上げてくるようなものすごい振動が起こりました。
椅子に座っていた小さな私の体は椅子から跳ね上がり、私はそれまでの7年ほどの人生の中で最大の恐怖を感じました。
学校で習い始めたばかりの、戦争や原爆のことが頭をよぎりました。
母も驚いて、私の部屋に駆け込んで来ました。
でも、音も振動もそれ一回切りで、すぐに母も私も落ち着いたので、「何だろうね」とふたりで外の様子を見に行こうと、玄関を開けました。

直接見たのかどうかは覚えていません。
思い出せない「空白の一瞬」の後、母が「ダメ」と言って私を家の中に押し込み、玄関のドアを閉めてしまいました。
その後も記憶は断片的で、救急車なのかパトカーなのかわからないサイレンの音が鳴り響いていたり、大勢の人が集まってザワザワしている感じがしたりしていました。

「何があったのか」を母から説明してもらったのも、その日のうちだったのか、もっと何日も経ってからだったのかもよく覚えていません。
とにかく、あの音と振動は、マンションの屋上から我が家の玄関の真ん前の駐車場に人が落ちてきたからだということ、落ちてきたのはミドリちゃん(仮名)のお母さんで、自分の意志で飛び降りたらしい、ということを聞きました。

ミドリちゃんは、我が家のマンションの脇にある廃屋かと思うほど古くて小さな一軒家に両親と妹と住んでいた私と同い年の女の子でした。
幼稚園には行っていなくて、小学校も別でしたから、特別親しくはありませんでしたが、公園に行って偶然会えば一緒に何度か遊んでいました。
でも、ミドリちゃんの洋服はいつも汚れていて、何度か見かけたことがあるミドリちゃんのお母さんも、いつも髪の毛がボサボサで顔色が良くありませんでした。
詳しい事情はよくわかりませんが、ミドリちゃんの家は色々な問題を抱えていたのだと思います。

いずれにしても、知っている子のお母さんが自殺した、という事実は幼い私にとってはかなり大きなショックでした。
2~3日後には、我が家の真ん前に祭壇が設けられ、神主さんが我が家に向かってお祓いをし、数ヶ月間は我が家の真ん前に献花台がありました。
毎朝学校に行くために玄関を開ければ、洗い流した大量の血の跡がくっきりと目に飛び込んできます。その跡はなかなか消えませんでした。
毎朝、そこで起こったことを自分の目で確認せざるを得ない日々の中で、私はあの大きな音や振動や、生前もボサボサの髪に青白い顔をして怖い感じがしていたミドリちゃんのお母さんが、もっと怖い姿になって襲ってくる夢を毎晩のように見るようになり、不眠症のようになってしまいました。学校も休みがちになりました。

両親もそんな私を心配し、自分たちもいい気持ちはしないので、買って4年の新築マンションを手放してよそに引っ越すことになりました。
やはり自殺のあったマンション、しかも真ん前の部屋ということで、とんでもなく安い価格でしか売れず、かなりの金額のローンが残ってしまったことも、ずっと後で母から聞きいた話です。
父はマンションを買ったことを今でも後悔していて、その後はずっと賃貸暮らしです。「家なんて買うもんじゃない」と口癖のように言っています。

住む場所も学校も変わって、私は怖い夢を見ることもなくなり、夜も眠れるようになりました。ミドリちゃんやお母さんのことも時々は考えましたが、生々しい感じは消えて行きました。

私は中高一貫教育の私立中学に進学しました。
私立進学には私より母が熱心で、5年生の頃から日曜日も塾に行かされて受験をした中学でした。
その学校は、中学の校舎と高校の校舎が少し離れてL字型に立っていて、教室からお互いの校舎全体が見えるような作りになっていました。
中学の校舎の方が新しくて、職員室や音楽室などの特別教室も中学の校舎側にあったので、休み時間は校庭を横切って大勢の先生や生徒が移動するのですが、もちろん授業中の校庭は体育の授業をやっていない限りは誰もいません。

中1の夏休み明けの頃だったと思います。1階の教室の窓際の席で授業を受けていた私が誰もいないはずの校庭にふと目をやると、高校の校舎から制服を着た女の子がこっちに向かって走ってくるのが見えました。
「どうしたのかな?」と思った瞬間、ドスーン!!という鈍くて大きな音と、地面の下から突き上げてくるようなものすごい振動を感じました。

全身から血の気が引きました。

「この感じ!」と思った瞬間、女性の断末魔のような恐怖に満ちた悲鳴が学校中に響き渡りました。
教室中が騒然となり、男の子たちが「何だ、何だ」と窓に駆け寄って来る間に私は悟りました。
「飛び降り自殺だよ・・・」
私はそう言って、教室をより騒然とさせてしまいましたが、自分は全身がブルブル震えて席に座っているのもやっとでした。
校庭では、中学の校舎の屋上でウロウロしている女の子を見つけ、職員室に知らせに行こうとこちらに走ってくる最中に、飛び降りる姿をまともに目撃してしまった高校生が座り込んで悲鳴を上げ続けていました。

飛び降りたのは、高校3年生の女の子でした。校庭から目撃してしまったのは、同じクラスの仲良しの子だったそうで、彼女のショックも計り知れません。
ふたりとも直接知っている先輩ではありませんでしたが、同じ学校の生徒が校舎から飛び降り自殺したことはやはりショックな出来事でした。
しかも、ミドリちゃんのお母さんの時と同じ音と振動をもう一度体験してしまったことで、ミドリちゃんのお母さんのことまで、生々しい実感を持って蘇ってきてしまいました。

最近は学校でこのような事件があると、「子供たちの心のケア」を考えてカウンセラーを呼んだりしているようですが、当時は何のケアもなく、朝礼で校長先生が「高3の○○さんが亡くなりました」と言っただけで、詳しい説明もなく、全員での黙祷もなく、何事も無かったかのように普通に授業が行われました。
説明が無かった分、その事件に関しての様々な噂や憶測はなかなか学校の中から消えず、私も「なぜすぐに飛び降り自殺だとわかったのか」と、何度も質問されたり、オカルト的噂話を流されたりしました。

おかげで、再び怖い夢と不眠に悩まされるようになってしまいました。
今度はミドリちゃんのお母さんが高校の制服を着て現れたり、校庭から聞こえた悲鳴も入ってくるようになりました。
せっかく塾に通って、受験をして入った中学なのに、結局これがきっかけで学校を休みがちになってしまいました。

夢は半年程度でほとんど見なくなりましたが、夜眠れない状態は卒業まで続きました。
明るくなると眠れるので、中3の頃はほとんど学校には行かず、夕方起きて、夜は塾に行き、深夜ラジオを聴きながら勉強をして、明るくなってから眠る、という生活をしていました。
そして、エスカレーターで進める高校には進学せず、別の高校を受験して進学しました。

高校に進学して以降は、不眠にも怖い夢にも悩まされることはなくなりましたが、今でもテレビで飛び降り自殺のニュースを見た日の夜には、夢にミドリちゃんのお母さんが現れることも時々あります。

そういうわけで、普段意識することはありませんが、私の心の奥の方には、自殺者に対する恨めしい気持ちがあると思います。
私には小・中学校時代の「学校での楽しい思い出」はほとんどありません。
毎日学校に通って、友達と楽しく遊ぶ、という当たり前のことが少ししかできませんでした。
小中学生時代の思い出といえば「怖くて夜眠れなかった」ことだけです。

これまで自殺について言及してこなかったのは、無意識のうちに自殺者や自殺願望者を非難する論調になっしまうことが怖かったからだと思います。

ミドリちゃんのお母さんも高校生の先輩も、まさか自分の自殺のせいで、ほとんど面識のない私がこんな目にあうことなど想像もしていなかったでしょう。
それぞれに心に痛みや悲しみを抱え、抱えきれなくなって死を選んだのだと思います。

でも、死んでもその痛みや悲しみは消えてなくなることはありません。
その痛みや悲しみは、家族や恋人や友達に伝染し、私のような見ず知らずの赤の他人の心にまで浸透してしまうのです。

そんなにも大勢の人の心を蝕むようなことをする勇気があるなら、死なずに借金と向き合って欲しいと思います。
お金には心の痛みも悲しみも伝わりません。
でも、人には伝わってしまうのです。
伝えようと思わなくても、たくさんの人の心の中に飛び散って行くのです。

今、死を考えている人は、近くの公園に行って、遊んでいる子供たちの顔を見て来てください。
その子たちの心に、あなたの心の痛みを分け与えたいと思いますか?

自殺する勇気のある人なら、生き続ける勇気を持つことも必ずできるはずです。
どうか、見知らぬ子供たちの無邪気な笑顔を守ってあげてください。