私が映画好きだということは、プロフィールのページにも書いてあります。大学時代には、映画の脚本家になりたくて、専門学校にも通ったほどです。ですから、特に大学時代は、本当にたくさんの映画を見ました。
私が大学生になった当時は、まだ家庭用のVHSのビデオデッキが少しづつ普及してきた頃でした。1〜2年生の頃は銀座の並木座、池袋の文芸座、飯田橋の佳作座など、いわゆる「名画座」といわれる映画館の「黒澤明特集
大学3年生になって、やっと自分の部屋にもビデオデッキが置けるようになり、それからは近所の小さなレンタルビデオ屋さんにあるビデオを、新旧、和洋を問わずに棚の端から順番に借りていくような勢いで、見ていました。
たくさん見た映画の中には、もうタイトルもすっかり忘れてしまったようなものもあれば、あまりにも駄作すぎて、未だに夢でうなされるような映画もあります。そして、もちろん、気に入って何度も見た映画もたくさんあります。
そんな、私のお気に入りの映画は、ジャンルも年代も、製作された国もさまざまで、ここ2〜3年、少しづつDVDで買い集めているのですが、DVDになっていない作品もたくさんあります。
そんな私のお気に入りの映画を、時々にここで紹介しようかと思います。一応「プチ・映画レビュー(1)」などと、連載企画のつもりでタイトルをつけてしまいました。「借金のサイトで映画の紹介をされても・・・」と思われるかもしれませんか、興味のない方、余裕のない方は読み飛ばしてください。
前置きが長くなってしまいましたが、今日の映画は、標題の「ラストタンゴ・イン・パリ
「ラストタンゴ・イン・パリ」は、題名の通り、パリの街の片隅で起こる、普通の男と女の物語です。
この作品は、公開当時としては、かなりリアルでセンセーショナルな性描写が話題になりました。
実は、大学生の頃、はじめてビデオでこの映画を見た時は、その「激しいセックスシーン」だけしか印象に残らなかったのですが、25〜6歳の頃、あるきっかけでこの映画の事を思い出し、もう一度見た時の印象は、最初の時とまったく違うものでした。
とあるアパートの一室で、くたびれた中年の普通の男と、少女から女性になろうとしている女の子が、お互いの素性を明かさぬまま逢瀬を重ねるシーンが、この映画の大部分を占めています。私は一時、年齢も状況もかなり違いますが、とある男性と似たような逢瀬を重ねていた時期があり、その最中にふと、この映画のことを思い出したのです。
そして、その男性と一緒にこの映画を見ました。見終わった後、彼は、マーロン・ブランド演じる中年男性寄りの感想を持ち、私は女の子寄りの感想を持って、対立し、かなり激しい口論にまで発展しました。
私は、見てない映画のストーリーを先に聞いたり、「これはこういう映画だ」と見る前に言われるのはとてもイヤなので、ここでも断定的にテーマを語ったり、結末を言うようなことはしませんが、アパートの外で、ふたりがまったく別々に送っている日常生活と、アパートの中にだけ存在している「非日常」のバランスが狂った時、中年男はどんな行動を取り、女の子はどんな気持ちになるのか、というのが、この映画の見所です。
最初に見た時はもちろん、2度目に見た時もあまりわからなかった、マーロン・ブランドのくたびれた中年男の魅力のようなものが、去年DVDで見て、やっとわかってきました。一緒に見た男性は、当時、今の私ぐらいの年齢だったのですが、今なら彼の言ったこともよくわかります。マーロン・ブランドという俳優の、圧倒的な存在感なくしては、この映画も「失楽園」なみのベタな不倫映画になってしまっていたかもしれません。
この映画で見るパリの街並みは、ちょっと気だるくて、アンニュイです。監督はイタリア人ですから、パリの住民から見たパリの街とはまた一味違うのかもしれませんが、「華やかな芸術の都」ではありません。その中をさまようマーロン・ブランドもまたアメリカ人という「外国人」であり、その、いわば「ミスマッチ」が、なんとも言えず印象的なのです。
動して涙を流す映画でも、何か心に教訓が残る映画というわけでもありません。でも、心のどこかに針でチクッと刺されたような後味を残してくれる映画です。そして、その余韻は長く続きます。忘れた頃にまた、思い出したりします。
普段生活していて、無意識に鼻歌を歌っていることが、誰にもあると思います。私が気がつくと歌っている鼻歌は、この映画のテーマ曲であることが、とても多いのです。



