2006年10月25日

"ヨコハマ"の移ろい

モバイルSuica「タッチ&ゴー」初体験で行ってきた先は、横浜みなとみらい方面です。

みなとみらい


別に珍しくもないでしょうが、私にとっては約1年半ぶりでした。

私はずっと神奈川県育ちで、小学校の高学年ごろから、よく山下公園周辺に遊びに来ていました。
中学生の時に、クラスの男の子と初デートで来た思い出もあります。
高校も横浜市内にあったので、土曜日の午後などは学校の帰りに毎週のように来ていました。
大学生になってからは、特に地方から出てきたような友達が、この辺に行きたがったので、よく連れて行ってあげました。
社会人になってからも、遊びでも仕事でもちょくちょく来ていた場所です。
ですから、かれこれ30年以上、この地区の移ろいを見てきています。

子供時代は、この写真の場所には何もありませんでした。
決してきれいとは言えない海が広がり、貨物船や曳航船などが遠くを行き交うだけでした。
もちろん、「みなとみらい地区」なんていう名前すらありませんでしたし、ベイブリッヂもありません。
目立つ高い建物と言えば、「マリンタワー」だけでした。
今は商業施設になっている「赤レンガ倉庫」も、遠くの方から見るだけで、一般の人は立ち入ることもできませんでした。

一般的には「横浜」というと、この地域を思い浮かべる人が多いようですが、私たちの頃は「横浜に遊びに行く」というのは、横浜駅周辺のことで、この地域を「横浜」と言われても、全然ピンと来ません。
山下公園や元町に行く時は「関内に行こう」「元町に行こう」と区別していました。

ランドマークタワーの着工が1990年で、私が社会人になった頃です。
その頃から「みなとみらい」という名前もついて、この地区がどんどん開発されて行ったのでしょう。
この周辺に来るたびに、ビルがニョキニョキと竹の子のように増えて行っているような印象を持っていました。

この写真を撮ったのは、桜木町駅前とランドマークタワーをつなぐ「動く歩道」の途中ですが、ここの景色も来るたびに変わっていて、視野の中で海が占める割合がどんどん少なくなって行きます。
この「動く歩道」ができ、大観覧車ができた頃は、かなりの絶景ポイントだと思ったのですが、今はちょっとゴチャゴチャし過ぎてしまったように感じます。

この「動く歩道」を通ると、ちょっと切ない気持ちが甦ります。
確か1999年の春だったと思いますが、大桟橋の入り口近くにあった横浜地裁で、当時の取締役とふたりで会社の自己破産の審問を受けに行った帰りに、地裁前からふたりでトボトボと歩いてここまでやってきました。
「せっかく来たんだから、高い所から景色でも見て帰ろうよ」と取締役が言って、この動く歩道を通って、ランドマークタワーの展望室に行きました。
ふたりで妙にハイテンションになって、「きれいだねー」などとはしゃぎながら、ひとしきり景色を眺めた思い出があります。
その時は、私自身も多重債務に陥っていて、「会社もいよいよ自己破産してなくなって、これからどうしよう」という不安でいっぱいな時でした。
私が自分の債務整理をするのは、それから1年後のことで、この時期が不安のピークだったと思います。
取締役の方も会社が自己破産したことで、連帯保証人として会社の債務をかぶらなくてはならないことがわかっていたので、家族を抱えた身で、かなりプレッシャーを感じていたと思います。
お互いに自分の不安を払拭したくて、ランドマークタワーからの景色に没頭したのかもしれません。

その後、私は都内から実家の近くに引っ越して、仕事も地元でするようになったので、電車に乗るのも月に1〜2回になり、みなとみらい方面にも、彼氏と年に1度遊びに行く程度になりました。
行く気になれば、電車を1回乗り継ぐだけで、40分程度で着いてしまうのですが、ほとんど行く機会もありませんでした。

街はどんどん変わっていくものですが、みなとみらい地区ほど急激に変化した街は私の身近には他にありません。
子供の頃からのたくさんの思い出が残っている街が、みるみる変わって行くのを見ていると、未来への期待と、消えていく思い出へのノスタルジーとが交錯する不思議な気分になってきます。
ニックネーム 借金女王 at 18:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記
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