先日、私の祖母が100歳の誕生日を迎えました。
明治40年に生まれ、大正・昭和・平成と丸一世紀を生きてきたのだと思うと、祖母の皺の一本一本にも大変な重みを感じます。
祖母は、約35年前に祖父が亡くなって以来、ずっとひとり暮らしで、80代までは社交ダンスを習ったり、毎年富士山登山に出かけたりと、とても活発な女性でした。
80代半ばに腰を怪我してからは、ダンスや登山はできなくなってしまいましたが、7年ほど前に脳梗塞で倒れるその日まで、自分で食事を作り、庭木の世話をし、趣味の俳句作りをしていました。
脳梗塞のせいで、話すことも立って歩くこともできなくなってしまい、今は実家近くの特別養護老人ホームで暮らしていますが、毎日車椅子で散歩に連れて行ってもらい、食事は3食モリモリ食べています。
ホームではお誕生日会を開いてもらい、ホームで同居しているお年寄りたちや、ホームの介護スタッフがみんなで盛大にお祝いしてくれました。
言葉が話せないので、祖母が何を考えているのかを聞くことはできませんが、ニコニコととても嬉しそうにしていました。
脳梗塞で倒れた直後は辛うじてまだ言葉が話せたのですが、その時に医師の問診で年齢を聞かれて「55歳です!」と元気に答えていたので、まさか100歳になったとは夢にも思っていないかもしれません。
でも、私が子供の頃は、よく「私は100歳まで生きる!」と言っていましたから、見事な有言実行です。
私たち家族には、数日前に撮影した額縁入りの祖母の写真がプレゼントされました。
陽の光を浴びて笑みを浮かべる祖母の顔には、くっきりと皺が幾重にも浮かんでいますが、それが一世紀を生きた証なんだと思うと、口をついて出てくるのは「カッコいい」という言葉でした。
若い頃は、シワシワのお婆ちゃんになって、人に下の世話をされてまで生きていたくないなぁ、なんて考えたりしたものですが、現実に100歳を迎えた女性を前にすると、そんな考えは実に不謹慎で小さいもののように思えてきます。
食事もおトイレも介助なしにはできませんが、100年・一世紀を生きた女には、決して若い者には真似のできない存在感と重みがある、ということを実感しました。
私も100歳になって、こんなカッコよく写真を撮られる女でいられるだろうか、と考えます。
祖母から見れば、私の人生もまだまだこれからです。
祖母のように、カッコ良く年を重ねて行きたいものです。
2007年02月19日
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