2006年03月29日

"計算問題"と"文章題"

麒麟さんのこの記事を読みました。
私も最近の子の"算数力"には疑問があって、この話をニュースで見た時には「英語より算数でしょ」と、思わずテレビに突っ込みを入れました。

私はパソコン教室でインストラクターをしていますが、余りにも漢字が読めなかったり言葉の意味を知らない人が多い、ということを随分前に記事にしたことがあります。
Wordを教えている時は、漢字や言葉を知らない人が多いことを痛感しますが、Excelを教えていると、算数もできないのかなぁ、と思うことがよくあります。

Excelを習いに来る人は、就職前の大学生から60才くらいの人まで幅広いですが、特に多いのが20代半ばから30代の人たちで、普通の会社で普通の事務職をやっているような人がほとんどです。
でも、このような人たちに教えていると、Excelの授業ではなく、算数の授業になってしまうことがよくあるのです。

「Excelはほとんど初めて」という人の場合は、まずExcelの画面構成をひと通り説明し、数字や文字データを入力します。そして加減乗除の四則計算式の入力方法を教えます。

ここまでを練習問題でおさらいします。
練習問題は、例えば商品5種類の3ヶ月間の売上げ金額のデータを表にする、というような物です。
これにその四半期の売上目標額を追加で入力します。
そして、数式を入力していきます。

●商品ごと、月ごとに売上金額の合計を求めます
----これは、ほとんどの人が自分で数式を入力することができます。

●売上目標額に対する売上額の目標達成率を求めます
----少し悩む人が出てきます。目標額と売上額の「どちらかをどちらかで割る」ということはだいたいの人がわかるのですが、一発で正しく入力できる人は半分位です。

●次の四半期の売上目標額を、今期の売上額の5%増で計算します
----この式を私のヒントなしにすぐに入力できた人は、数えるほどしかいません。
この式を立てることができない人には、Excelの授業は一時中断して、算数教室が始まってしまうのです。

私「100円の5%はいくら?」
生徒さん「5円」
私「それを計算するための式はどうなりますか」
生徒さん「100円×0.05です」
私「じゃ、100円の100%はいくら?」
生徒さん「えっ?100円?」
私「100円の5%増はいくら?」
生徒さん「105円、かな?」
私「そう、105円。ということは105円は100円の何%だということになりますか?」
生徒さん「えーっと・・・105%、ですか?」
私「正解です。100円の105%が105円になるためには、どんな式を立てればよいですか」
生徒さん「あぁ、100円×1.05かぁ」

と、一番スムーズに理解してもらえる人でもこんな感じです。
中には「100%=1」ということが、根本的に理解できてない人も少なくありません。そうなると「5%増=105%」にたどり着くまでに大変な時間が掛かりますし、これが「5%増」ではなく「5%減」ともなると、丸1時間費やして説明しなければならないこともあります。

私が子どもの頃から、同級生の中には「計算問題は得意だけど、文章題はさっぱりダメ」という子もいましたが、最近はその傾向が著しくなってきているように思います。
"100×1.05"という計算をすることができても、"100円の5%増"の式を立てられない人が、本当に多いことにショックを受けます。

私は独身で身近に小さな子もいないので、最近の学校教育のことは詳しくわからないのですが、時々テレビなどで「100マス計算」というのが紹介されているのを見ます。「フラッシュ暗算」なんていう物も時々見ます。
最近はやりの「右脳の活性化」につながるそうですが、いずれも「計算の速さ」を競わせるような勉強法に見えます。高齢者がボケ防止にこうしたことをやるのは良いと思うのですが、小さい子どもに「計算の速さ」を競わせることに意味があるのかどうか疑問です。
今はExcelというソフトもあるし、携帯電話にも電卓がついている時代ですから、極論を言えば暗算なんかできなくても良いと思うのです。
私は「計算をする能力」よりも「式を立てる能力」をもっと養うべきではないかと思います。

巷で大流行中の「100マス計算」へのアンチテーゼ本として「絶対学力」という本が出ているそうで、上記のようなことが書いてあるようです。
内容に対しては、賛否両論あるようですし、私も「100マス計算」のこと自体を詳しくしらないので、断定的なことは何も言えませんが、小学生の子を持つ親も、先生も、その子が30前にもなって、パソコン教室のインストラクターに「100円の5%増」の式の立て方を1時間かけて教わらなくてはならないような教え方、育て方はして欲しくありません。
いくら暗算が速くても、生活や仕事の中では、暗算をする前の段階の「式」を自分で作ることができなくては、何の意味もありません。

上の生徒さんとのやり取りのように、わからなくても考えて答えようとしてくれる生徒さんはまだ良いのですが、最近は、わからない時は黙って俯いているだけで、「わかりません」とも言ってくれない生徒さんも少なからずいます。
質問の仕方を変えようが、こちらも黙って待ってみようが、とにかく私が答えを言うまでは、声も出さず、顔も上げずにじーっと下を向いているのです。
この傾向は、年齢が下がれば下がるほど著しくなります。
学校では、自分がわからなければ、他のわかる子が手を上げて答えてしまいますが、うちのパソコン教室はマンツーマンなので「他の子」はいません。
一所懸命考えているのにわからない人もいるでしょうが、ちょっと考えてわからないと、すぐに考えるのを止めて、答えを教えてもらうのを待つだけになっているような気がします。
それも「わからないから、教えてください」と言うわけでもなく、相手がジレて答えを言うのを待つだけで、能動性がまったくないのです。
これでは、与えられた「100マス計算」を黙々とこなす能力がいくらあっても、コミュニケーション能力も向上心もない、いわゆる「引きこもり」だけが増えてしまうような気がします。

「英語」は、外国人とコミュニケーションを取るために必要なのであって、日本人とも満足にコミュニケーションできないような子に英語を教えても、何の意味もありません。
「100マス計算」で、計算の速さを競わせるのも結構ですが、複雑な文章題を、先生や友達と相談しながら、じっくり解いていくような"算数"も必要ではないかと思います。
最近の小学校が、"計算問題"と"文章題"をどんな比率で教えているのかは知りませんが、私がパソコン教室で教えている限りでは、"文章題"の比率は限りなく低いように感じます。
ニックネーム 借金女王 at 00:34 | Comment(4) | TrackBack(1) | パソコン教室のこと

2006年01月22日

バックレないで

私の住んでいる神奈川県某市は、雪雪雪雪だるま3体ぐらいあっという間にできてしまうほどの積雪に見舞われました。
私の住んでいるアパートの前の道は、なだらかな坂になっていて、普段はなんとも思わないのですが、雪が積もると、坂であることを痛感させられます。
普段はその坂を結構なスピードで車が通るのですが、今日は歩いている人と変わらないぐらいのスピードでこわごわ通っています。

雪に慣れていない、関東平野部育ちの私にとっては、じゅうぶんな「豪雪」の中、大変な思いをして仕事場に行きました。
私の仕事はパソコン教室のインストクラクター。
私が教えている教室は、1対1で教える教室なので、常駐しているわけではなく、授業の予約が入っている時間だけ出勤する方式です。
今日は、当初ふたりの生徒さんの予約が入っていたのですが、ひとりは高齢の男性で、早々に「雪が凄いから」と、別の日に振り替える連絡がありました。
でも、もうひとりの生徒さんからは連絡がないので「こんな雪の中をがんばって来てくれるんだ」と、私も大変な思いをして、その生徒さんの予約時間に合わせて出勤したわけです。

しかし・・・

結局、その生徒さんは来ませんでした。電話連絡もありません。

その生徒さんのお住まいは、徒歩圏内なので、交通機関の乱れのせいということはありません。途中で転んでケガをしてしまったかもしれませんし、何かご事情があったのかもしれませんが、連絡なしのバックレは、一番困ります。
大雪とか台風などの時は、必ずこういう人がひとりかふたりいます。
翌日とか翌々日になって「あんな天気だから、お休みだと思った」などととぼけて電話をしてくる方もいますし、それっきり来なくなってしまう人もいます。
私は授業をしなくては1円の収入にもなりませんので、今日はタダで雪の中を職場まで往復してきただけ、ということになります。
生徒さんの方も1対1の授業で、インストラクターが自分のためだけに出勤してくることはわかっているのだから、一本電話を入れてくれればいいのに、とつくづく思います。

寒くてもの悲しい雪の夜です。
帰りにコンビニで買った肉まんがせめてもの慰めです。
ニックネーム 借金女王 at 00:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | パソコン教室のこと

2004年10月13日

PCメンテナンスの憂鬱(旧blogより転載)

私の趣味のひとつは自作PCです。最近自分のパソコンはあまりいじっていないのですが、私が働いているパソコン教室にある5台のパソコンが、このところ、順番に具合が悪くなり、毎日のようにパソコンの中身をいじったり、クリーンインストールをしています。
 生徒さんが自分のノートPCを持ち込んできて、そのリカバリー作業も月に1台ぐらいはやっています。
 こういう作業はPCショップなどに頼むと、8000円位は取られるようですが、私の教室では生徒さんへのサービスでやっているので、基本的にはタダ働きです。インストラクター兼無償サポートセンターです。
 もちろん、教室のPCのメンテナンスも無償ご奉仕です。教室のオーナーである私の両親は、当然のことながら、労力よりも経費がかからない方法でやることを要望します。つまり、私の労力が望まれていると言うことです。
 一応私は「もう古いから、新しいパソコン買ったら?」と言ってはみますが、「だって直せるんでしょ」と言われるだけです。

 いくら自作PCが趣味だとは言っても、自分のパソコンが自分の気に入ったスペックになることが喜びにつながるわけで、無償で他人のパソコンをいじっていると、だんだん「パソコンなんて嫌いだぁ!」という気分になってきます。
 自分は典型的な「文系人間」だと信じきって、大学の国文科で毎日読書に明け暮れていた学生時代には、まさか20年後には、本をドライバーに持ち替えて、毎日パソコンの中身をいじる生活をすることになるとは、夢にも思っていませんでした。

 今日は、どうやらIDEが逝ってしまったようです。動作が異様に遅くなり、再起動をかけたらそれっきり、「ハードディスクもCDドライブもありません」と言い張るようになってしまいました。
 どうせなら、CPUがダメになってくれれば、「CPUを変えるのも、新しいパソコンを買うのもたいして変わらないよ」と言えるのですが、CPUは元気なので、マザーボードを交換すれば、直ってしまうと思います。1万円もかかりません。
 AMDのsocketAのCPUは、ファンの爪が固くて、外すのもつけるのもとても大変です。自分の指の爪が折れるので、できれば一番やりたくない作業です。
 その前に、ハードディスクを別のPCにつないで、ハードディスク自体は無事かどうかを確かめなくてはなりません。
 こんな作業は、バリバリの技術者である私の彼にお任せしたいところなのですが、そうもいかず、400キロの遠距離恋愛の距離を、改めて実感します。
 彼は携帯のメールで「がんばれー」と言ってくれるだけです。

 仕方がないので、明日はどこかのPCショップでマザーボードを調達して、作業をします。爪が折れないことを願うばかりです。

 基本的にはいつでも前向きな私ですが、今日は珍しく愚痴モードになってしまいました。最近のお天気と同じぐらい憂鬱です。
 「3度のメシよりパソコンいじりが好き!」という方は、ぜひ私のパソコン教室のインストラクターになってください。
ニックネーム 借金女王 at 00:00 | パソコン教室のこと

2004年03月09日

四字熟語(旧blogより転載)

私はパソコン教室でインストラクターをしています。いろいろなことを教えていますが、一番多いのが、やはりWordとExcelの授業です。
 最近は、事務系の仕事に就こうと思ったら、新卒でも中途でも、「WordとExcelができる」ことが、最低条件になっている場合がほとんどで、高校生や大学生も結構大勢習いにきています。
 中高年以上の生徒さんは、なかなかパソコンの操作に慣れない人も多くて、時間がかかるのに比べると、学生さんたちは、覚えが早くて教えるこちらも楽な場合が多いのですが、若い子たちを教えていると、時々ショックを受けることがあります。
 Wordの操作は覚えてくれるのですが、練習用に入力してもらう教材の原稿の漢字が読めないのです。
 そんなに難しい文章を打ってもらっているわけではなく、せいぜい新聞のコラム程度の文章なのですが、漢字が読めない、言葉の意味がわからない、ということが時々あります。

 最近、一番ショックだったのは、大学生の男の子が、「師走」を読めなかったことです。
 さらに、びっくりしたのは、「"しわす"だよ」と教えてあげても、「シワスって何ですか?」と聞いてきたことです。
 「12月のこと、師走って言うでしょ?知ってるでしょ?」言っても、「あー、何か聞いたことあるような気がするー」とのん気なものです。
 二十歳になるまで、「師走」という言葉を知らないでいられることの方が、奇跡に近いような気が私はしますが、そんなものなのでしょうか。

 もちろん、漢字が読めるかどうかは、単に年齢の問題ではなく、個人差があります。
 中学生でも、難しい漢字がスラスラ読めるような子もいます。
 逆に、年齢が高いからと言って、漢字が読めるとは限りません。
 かなり有名な大企業を定年退職して、老後の趣味でパソコンを習いにきた男性が「干支」を読めませんでした。

 私は日商ワープロ検定の受検指導もしています。この検定は、単にWordが使えるとか、タイピングが早いだけでは無理で、ビジネス文書の書式やパソコン全体の広い知識が必要です。
 国語の筆記試験もあります。これは、同音異義語や、尊敬語や謙譲語の正しい使い方などが問われます。漢字の読み書きももちろんあります。
 毎回、実技は完璧なのに、筆記試験ができなくて合格できない人が何人かいます。
 この国語の問題には、必ず1問は四字熟語の穴埋め問題が出ます。1問だけなので、合否への影響はそんなにありませんが、四字熟語だけの正答率を見ると、かなり低いものです。
 確かに、現代の日常生活で、四字熟語を知らなくて困ることはほとんどないと思います。
 新聞や雑誌を読んでいても、読めないような四字熟語はほとんど出てきません。
 でも、四字熟語は、漢字を使う文化圏ならではの、端的に状況や心境を言い表すことができる言葉です。
 アメリカでは、定型的なフレーズの単語の頭文字を並べて言ったりすることもあるようですが、それは単なる「略語」でしかなく、文字ひとつひとつに意味がある漢字を並べることとは違います。
 同じ漢字を重ねることで、その意味を強調することができたり、反対の意味の漢字を並べることで、対比が鮮明になったり、たった4文字の組み合わせが、何十文字分のフレーズにも匹敵するような広がりを持っています。
 今の教育のシステムは、四字熟語を、受験のための「暗記物」の範疇に入れてしまっていて、このような実用的な指導をしてくれていません。
 だから、知らないことを責めることはできないと思いますが、彼らには、知らないことを恥ずかしいと思ったり、もっと知りたい、という気持ちが全然ありません。
 多分、四字熟語は「暗記物」にしか過ぎず、実用的なものだとはまったく思っていないからだと思います。
 いくらWordの操作を覚えても、漢字が読めなかったり、言葉を知らなければ、日本語の文書を作ることはできないと思うのですが、パソコンの操作の勉強に比べると、漢字の勉強には余り熱心になってくれません。
 私はそのことに寂しさを感じます。
 学校での教え方にも問題があると思いますし、そもそも四字熟語とかことわざのようなものは、学校で教わるものではなく、日常生活の中で親から自然と吸収するもののような気がします。
 四字熟語が頻繁に日常会話の中に飛び出してくる家庭も、気持ち悪いですが、まったく出てこないのも、文化的に寂しい感じがします。
最初に書いた「師走」が読めなかった男の子は、「立春」とか「冬至」も読めません。意味もよく知らないそうです。お母さんが「今日は冬至だから」と、お風呂にユズを浮かべ、カボチャを煮てくれるような家庭だったら、「冬至」が読めない、なんてことはおそらくありません。

 ちょっと説教くさい内容になってしまいましたが、そうは言っても、私もテレビに出てくる「漢字博士」のようにスラスラと四字熟語が読めるわけではありません。特にワープロを使うようになってからは、書く方になると、壊滅的にダメです。
 四字熟語クイズのサイトを見つけたので挑戦してみましたが、レベル4くらいから、だいぶ怪しくなってきます。

 時代とともに、難しい言葉が易しく、長い言葉が短くなり、カタカナ語が増えるのは、言語の歴史の流れで、当然のことです。昭和40年頃までは「テレビジョンをテレビと省略するなど、けしからん」と言う人もいたのです。
 でも、日本語表現の中に、漢字や四字熟語がなくなって行くのは、何だか寂しい気がします。私が年を取ったからでしょうか。
ニックネーム 借金女王 at 00:00 | パソコン教室のこと