2008年05月13日

かわいいねっ

先週末から真冬のような寒さに逆戻りしてしまって、少し気が重かったのですが、今日、ちょっとだけ良いことがありました。

仕事へ行こうと道を歩いていると、お母さんと手をつないで犬の散歩をしている4〜5歳くらいの男の子が向こうから歩いてきました。
犬が電柱で縄張りチェックをするために立ち止まったので、その親子も立ち止まったのですが、男の子が歩いて近付く私をじーっと見つめているのです。
周囲を見回してみましたが、私以外には人影もないし、ただの住宅街で珍しい建物もありません。
やっぱり、私を見ているのかしら・・・と、思いながら、だんだん近づいて行くと、その男の子がすれ違いざまに私に向って、

「かわいいねっハートたち(複数ハート)

と、言うのです。

思わず立ち止まって、「え?」と言うと、もう一度「かわいいねっハートたち(複数ハート)」と言ってくれました。

こんな小さな男の子が、道ですれ違う女性に「かわいいね」などと声をかけるテクニックを一体どこで習得したのかは知りませんが、とにかく小さな子でも男性に「かわいいね」と言われたのですから、悪い気はしません。

こんなこと言われたのは、何年ぶりかなぁ・・・
憂鬱な空模様でしたが、職場に向かう足取りが軽くなったのは言うまでもありません。
ニックネーム 借金女王 at 18:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2008年01月06日

今年の目標-Back To The"ブンガク"

あけましておめとうございます。
あまり更新頻度の高くないこのブログですが、いつも読んでいただいてありがとうございます。

このブログは、サイトの内容からは外れて、私の個人的な興味や関心を綴っています。
スポーツの観戦記や映画のレビュー、パソコンなどデジ物関係の話や大好きなキティちゃんのことなど、何の脈絡もありませんが、どれも私のお気に入りです。
好きなこと、語れることはだいだい書いてきたつもりでしたが、昨日テレビを見ていて、まだ書いていないことがあることに気付きました。

鹿鳴館鹿鳴館
三島 由紀夫

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昨日見たテレビというのは、三島由紀夫の「鹿鳴館」をドラマ化したものです。
普段民放はほとんど見ないので、こんなドラマが放送されることはまったく知らなかったのですが、たまたまチャンネルを切り替えていたら偶然始まったところで、結局最後まで見入ってしまいました。
ドラマそのものも鎌田敏夫さんの脚本で、まぁ良くできていたと思いますが、それ以上に個人的なノスタルジーを覚えました。

以前の記事にも書いているかもしれませんが、私は今はPCを使う仕事で生計を立て、「借金問題」という現実社会にどっぷり浸った問題に取り組んでいますが、大学では日本文学を専攻していました。
そして三島由紀夫をテーマに卒論を書きました。

その卒論の提出日が、平成元年1月8日でした。
平成になった最初の日です。
昭和最後の日、私は四畳半のアパートのコタツの中で書き上げた卒論の最終チェックをしていました。そこに昭和天皇が亡くなったニュースが飛び込んできました。
"日本"にこだわり、"天皇"と"日本人"について思い続けていた三島。
昭和元年生まれで、昭和と同い年だった三島。
その三島由紀夫がもし生きていたら、この知らせをどんな思いで受け止めるだろう・・・
そう考えると、出来上がったばかりの卒論に何か書き足さずにはいられなくなりました。
俯瞰で、雪が降り積もる皇居を映すだけの動かないテレビの画面を見ながら、朝までかかって原稿用紙30枚程度の「追記」を書き上げ、一睡もしないまま大学に卒論を提出しに行きました。
それが、私の平成第1日目でした。

高校2年生の頃から三島作品が好きで読みふけり、大学に入ってからも同じ作品を何度も読み返し、卒論で取り上げる作品は、線を引いたり付箋をつけてボロボロになってしまうので、同じ文庫本を3回も買い直したほどです。
その反動なのか、その卒論提出以降は、今日まで一度も三島由紀夫の小説を読んでいません。
エッセイとか、「三島没後○周年特集」というような記事などは読みましたが、小説は読みませんでした。

三島に限らず、その後の私は「文学」とは縁遠くなりました。
大学時代は、三島だけでなく「昭和文学漬け」の生活で、私の狭いアパートは古書店めぐりで買った小説や批評の本が山積みになっていました。女子大生の部屋だというのに、古書独特のホコリっぽさとカビ臭さの漂う部屋でした。
卒論が終わり、卒業が決まった時点で、その本の大半を古書店に売ったり、大学院に進む同級生にあげてしまいました。
その後は、仕事で必要な知識を得るための本を読んでも、落ち着いて文学作品を読む、という時間はほとんどありませんでした。
唯一、社会人になってから傾倒したある作家がいるのですが、その話はまたいずれしたいと思います。

ドラマ「鹿鳴館」で久しぶりに三島由紀夫に触れて、平成最初の日の朝に卒論を書く筆を置いてから今日までのことが、私の頭の中に流れ込んで来ました。
あれからもう、20年近く経ってしまったのだということを、改めて実感しました。

そして、10代の頃は、あまり気にもならなかったし、自分の中では「好きではない」作品に分類していた「鹿鳴館」も、今読めば、あの当時とは違った視点で読めるような気がしてきました。
当時、好きで何度も読み返し、今でもいくつかのフレーズを諳んじて言えるほどの作品も、オトナになった(はずの)私が読めば、また違った思いが沸くかもしれない、と思いました。
三島以外にも、学生時代は実に多くの作家・作品に触れましたが、その中には、好きだった作品も二度と読みたくないと思った作品もあります。「この人はまったく理解できない」と思った作家もいます。
そういった作品や作家にも、もう一度触れてみたいな、という気がしてきました。

というわけで、若い純粋な心を持っていた頃に触れた「文学」を、20年の時を経て、世の中にもまれ、すっかり擦れてしまった心で、もう一度紐解いてみようかと思っています。
誰でも知っているようなメジャーな作品は、このブログでレビューも書いてみようと思っています。

私は大学のゼミでも、教授に「キミはバカだねぇ」としょっちゅう言われていた落ちこぼれ学生でした。
私のいたゼミは、ほとんどの卒業生が教員になるか大学院に進み、その後も「文学」と生きています。
私のように文学とは何の縁もないような"浮世"で生きている者が語る「文学」は、漢字で「文学」と書けるほど立派なものではありません。
その辺にいるオバサンが、井戸端会議のついでに語るような、軽い"ブンガク"レビューですが、不定期に書こうと思っていますので、良かったらお付き合いください。

というわけで、明日は「ブックオフ」に行ってきます。

ニックネーム 借金女王 at 17:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2007年12月07日

はじめてのネットショッピング

私は頻繁にネットショップを利用しています。
この記事を書きながらザッと周りを見渡しても、PC本体や周辺機器はもちろん、カーテンやラグマットなどのインテリア、マグカップとその中に入っているお茶、本やCD、今着ている服やつけている基礎化粧品も全部ネットで買ったものです。
値段も概ねネットの方が安いですし、お店から荷物を抱えて帰ってこなくても家まで届けてくれるし、夜中でもひとりでじっくり選べるので、日々の食品や日用品以外のお買い物は、ほとんどネットショップを利用しています。

私のネットショッピング歴は約10年になります。
記念すべき、はじめてのネットショッピングは今は亡き勤務先の会社からでした。
注文先は「アスクル」というオフィス用品のデリバリーショップです。
今ではこの手の小規模企業やSOHO向けショップはたくさんありますが、当時はまだ珍しい存在でした。オフィス用品は、たとえばコピー用紙なら、何千枚・何万枚の単位で発注しないと届けてもらえないのがまだ当たり前の時代でした。
そんな時代に、このアスクルさんは、コピー用紙500枚、振替伝票一冊でも届けてくれたし、いわゆる事務用品だけでなく、椅子や机などの大物から、お茶葉やお菓子、ティッシュやゴミ袋など、事務所で使いそうな物はたいてい揃っていて、値段も割と安かったので、会社で愛用していました。

分厚いカタログが定期的に届いて、FAXで注文すれば翌日に届きました。(「アスクル」の由来は「明日来る」だそうです。)でも、FAXだと1回で届かなかったりして、忙しい時などはちょっと面倒でした。送信したつもりで、通信エラーで送信されていなかったこともありました。
そんなある日アスクルさんから「インターネットで注文できるようになった」と、通知が来ました。

とは言っても、10年前の話です。
Windows98が出たばかり、インターネットの回線もダイヤルアップで従量制課金の時代。やっと64KbpsのISDN回線が普及してきたところで、今のようにWebサイト上で商品をゆっくり選んでいると、とんでもない通信料がかかってしまいます。
ですから、「ネット注文」とは言っても、カタログから商品を選び、オフラインで注文書を作成して送信する、という方法です。
それでも、当時は「インターネットで注文できるなんてすごい!!」と思いました。

注文書を作成してネットで送信するソフトがアスクルさんから送られてきました。
確かDosベースの、地味な画面のソフトだったと思います。
起動すると注文書の画面が出てきて、そこにカタログを見て商品コードを打ち込みます。詳しい送信方法はもう記憶の彼方ですが、とにかくメーラーを立ち上げることもなく、送信先のアドレスを入力することもなく送信できたことは確かで、それだけでも「すごい最新技術!」と大感動した思い出があります。
それが、私のネットショッピング初体験です。

今では地味なDosベースのソフトから注文しなくても、アスクルさんにもちゃんとしたネットショップがあります。

その名も「ぽちっとアスクル

「わずか10年」と言うべきか、「10年もの時を経て」と言うべきなのか、とにかくこんなに成長したアスクルさんのネットショップを見て、しばらく離れていた子供の出世した姿を見たような気分になりました。

ぽちっとアスクル」はオフィスからだけでなく、個人でも利用できるようです。
東急ハンズの文具コーナーのように「ちょっとおしゃれだけど値段は高い」でもなく、100円ショップのように「値段は安いけどチャチ」なものでもなく、いわゆる「事務用品の王道」のような物が小ロットで買えます。
個人で必要になることはそう頻繁にはないかもしれませんが、最近は街の文房具屋さんもほとんど見かけないので、いざ必要な時にどこに買いに行けば良いのかわからないものです。
そういう時のために、ブックマークしておこうと思います。

約10年前に、アスクルさんの地味なソフトで作った注文書をダイアルアップ回線で送信することから始まった私のネットショッピングライフは、今や私の生活の一部です。
快適さも便利さも品揃えも10年前とは比べ物にならないほど進化しましたが、私のライフスタイルもそれに合わせて少しはグレードアップしている・・・かな?
ニックネーム 借金女王 at 01:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2007年11月27日

マイバッグ

先日紹介した不法投棄のガスコンロは10日ほど前に無くなりました。同時に駐車場内全体が掃除されていたようなので、やはりガスコンロは駐車場の持ち主が費用を負担して処分したのだと思います。
しかし、きれいだったのは1〜2日で、もう空き缶や小さなゴミが周辺に散乱しています。
駐車場には定期的に清掃業者が来ているようですが、せっかく掃除をしても、一週間と持たないのではどうしようもありません。ゴミのポイ捨ても自治体の条例で規制する程度に止まらず、残念な話ですが、もっと厳重に処罰するような法律が必要なのかもしれませんね。

ところで、ゴミ減量化や環境問題への配慮に関連して、お買い物の時にレジ袋をもらわずにバッグを持参する「マイバッグ運動」がだいぶ浸透してきました。
有名ブランドが発売した「マイバック」にオークションで高値がついてしまうなど、本末転倒な現象も起こっているようですが、お買い物袋持参の習慣が浸透するのは良いことです。
私もマイバッグは積極的に使うようにしています。
マイバッグ

サイズがわかるように、真ん中に携帯電話ケースを置いて撮影しましたが、私は大小ふたつのマイバッグを持っています。
先に左側の大きいほうのバッグを買いました。小さく折りたたんでしまっておけるので、持ち歩きにも便利です。広げればサイズが大きいので、スーパーで食材をまとめ買いする時や、ショッピング目的で街に出た時もたくさん入って重宝します。
しかし一方で、仕事帰りにコンビニでデザートをひとつだけ買う時や、100円ショップで雑貨を2〜3個買うような時にこれだけ大きなバッグを広げるのは気恥ずかしいような気がして、そんな時はついレジ袋に入れてもらってしまっていました。

そこで登場したのが、右側のグリーンの小さいマイバッグです。
これは時々利用している雑貨のネットショップのポイントを貯めてもらった非売品です。
ズバリ「For Convenience Store」と書いてありますが、まさにコンビニでもらうレジ袋と同じサイズと形です。生地が結構厚手でマチもしっかりあるので、見た目よりたくさん詰め込むこともできます。
このバッグをもらってからは、お買い物目的以外の外出にはこの小さいマイバッグを持ち歩いています。これなら、コンビニでプリンを1個買った時でも出しやすいので、レジ袋を断れるようになりました。
コンビニなどでもらうような小さいレジ袋は、結局使い道がなくてゴミになるだけですし、家電屋さんでDVD-Rの10枚パックを買うだけで結構大きな手提げ袋をくれるのも気になっていたので、このマイバッグを使うようになって、気持ちもスッキリし、家から出るゴミの量も少しは減った気がします。
でも、このサイズのマイバッグって、売っているようで意外と売っていないですね。

マイバッグの普及度合いは、地域によってかなり開きがあるようです。
ほとんどの大手スーパーでは、マイバッグを持参してレジ袋を断るとポイントカードにポイントをつけてくれる仕組みを採用しています。そのような大手スーパーが生活圏の中心にある地域や、商店街ぐるみでマイバッグ運動を展開しているような地域では比較的普及しているようです。
私の家からの徒歩圏内には3つスーパーがあります。そのうち2軒は大手チェーンのスーパーなので、マイバッグ持参ポイントがつくのですが、ウチからは一番近くにある最後の一軒は地元ローカルチェーンのスーパーで、マイバッグ持参ポイント制度はありません。それどころか、頼みもしないのに余分にレジ袋をくれるほどです。
しかし、このスーパーが他の2軒に比べて全体的に値段が安く、お買い物ポイントもたくさんつくので、地元では圧倒的な人気を誇っています。かなり遠方から車で来る人も少なくありません。
地元でマイバッグを持ってお買い物をしている人はほとんど見ないのですが、このスーパーがマイバッグ持参ポイント制度を導入してくれたら、一気にマイバッグ率は上がると思います。

「ポイントがつくからレジ袋をもらわない」というのも、本来の目的から考えるとズレているのですが、人のヨコシマな気持ちを利用してでも、真剣に環境問題に取り組まなくてはならないことも事実だと思います。
数年前にある大手スーパーの店長さんに聞いた話では、実はマイバッグ持参ポイントをつけるよりも、レジ袋をみんなに渡す方がコストは低く済むそうです。最近は原油価格も高騰しているので、今はどうなのかわかりませんが、このスーパーが「費用を負担してでも必要だ」と考えているのはとても良いことですよね。

このようなポイント制度を導入しているスーパーでは、清算をして、持参したマイバッグに自分で品物を詰めて帰るだけですが、コンビニやドラッグストアなどでレジ袋を断ると、わざわざ商品ひとつひとつにお店のロゴ入りテープを貼ってくれるお店が少なくありません。テープを無駄遣いさせてしてしまって、せっかくレジ袋を断った意味が半減してしまうなぁ、と、かえって申し訳ないような気持ちになることがあります。
万引きなどと間違えられないようにテープを貼っているのでしょうが、レシートを持っていれば済む話だと思いますし、逆に、以前もらっておいたそのお店のレジ袋に万引きした商品を入れて歩いていれば、咎められないの?という話にもなります。
「買い物袋は買う側が持参するものではなく、売る側が提供するもの」というのがまだ「常識」としてまかり通っている間は、「テープ貼り」もなくならないのかもしれませんね。
ニックネーム 借金女王 at 12:49 | Comment(2) | TrackBack(1) | 日常雑記

2007年10月31日

不法投棄

私の住んでいる市では、昨年の夏からゴミの収集が有料化されています。
それまでは、ゴミの分別が以前住んでいた所に比べるとかなりいい加減だったので、うまく運用されるかどうか心配していたことは、有料化当時の記事でも書いたとおりです。
当初は通りに面しているマンションなどのゴミ集積場に、不法投棄のゴミが山積みになっているのを見かけましたが、マンションの方が集積場の場所を外から入りにくい場所に変更したりして、露骨な不法投棄はだいぶ減ってきました。
ところが、2週間ほど前、いつも通る道にガスコンロが放置されました。
道端に捨てられたガスコンロ

空き地や川原、林の中などにこのような大型ゴミが大量に不法投棄されているのは、時々テレビで見ることがありますが、普通に人も車も通る住宅街の道端にこういう物を捨てていく人の気持ちはまったく理解できません。
確かにこの道は街灯もほとんどなく、深夜になれば真っ暗で人も車もほとんど通りませんので、この場所に空き缶やペットボトルが投棄されているのは何度か見たことがありますが、ガスコンロにはちょっとびっくりしました。
写真の電柱から左側は公道ですが、右側の部分は月極駐車場なので、投棄場所はギリギリ公道ではなく駐車場内です。公道側だったら、役所に言えば恐らく何とかしてくれるはずですが、駐車場内なので、駐車場の持ち主が何とかしないとこのままだと思います。
このサイズだと有料の粗大ゴミですから、最終的には駐車場の持ち主が費用を負担することになってしまうでしょう。
以前、放置自転車の件でも書きましたが、捨てた当人には何の負担もペナルティも課せられないのが理不尽でなりません。
ニックネーム 借金女王 at 15:00 | Comment(5) | TrackBack(0) | 日常雑記

2007年06月03日

観覧車のあるショッピングセンター

モザイクモール私が年に2〜3回買い物に行く「モザイクモール港北」というショッピングセンターは、建物の中に観覧車が組み込まれている、という面白い構造になっています。6階建てのビルの5階に観覧車乗り場があります。1周12分、一番高いところで地上75メートルの本格的な観覧車です。

この「モザイクモール」があるのは、横浜市営地下鉄の「センター北」駅前です。
この辺りは、私が中高生の頃は電車も何も通っていない山の中の僻地でした。
「センター北」駅が開業した頃(1993年)に一度行ったことがあるのですが、その時はまだ、駅前をぐるっと見渡しても一面雑草の生えた原っぱと造成中の土地で、できたばかりのオフィスビル風の建物が2〜3件ポツン、ポツンと建っているだけでした。
「横浜市内にまだこんなド田舎があるんだ」と、びっくりしたほどです。
「こんな所にくることは2度とないだろう」と思っていたのですが、その間にどんどん開発が進んでいたようです。

2000年頃に私は都内から神奈川県某市に引っ越しました。
大好きなキティちゃんグッズが売っているサンリオショップが住んでいる近辺になくて、ネットで探したところ、どうやらこの「モザイクモール」内のショップが一番近いということがわかりました。
近いと言っても、電車を乗り換えて小1時間かかかりますが、キティちゃんのためならそんなことは気になりません。
キティちゃんのお店があるというだけで、「モザイクモール」に関しては何の予備知識も持たないまま、約7年振りに「センター北」駅に降り立った時は、ものすごいカルチャーショックでした。
あのペンペン草と造成地だけだった駅前の景観は一変していて、シャレたビルやマンションが立ち並び、人も大勢います。
見上げるとビルから観覧車まで突き出ています。
かなりびっくりして、思わず彼に「ビルから観覧車が!」と携帯電話写メしたことを覚えています。

最近はキティちゃんグッズもネットで買うことが多くなってしまって、「モザイクモール」にも1年に1回ぐらいしか行かなくなってしまいましたが、行くたびに駅周辺も建物が増えて行っているような気がします。

みなとみらいにある大観覧車は有名スポットですが、この「モザイクモール」の観覧車はローカルな名所です。お天気が良ければ海も富士山も見えるので、地方から横浜の方面に遊びに来る人は、穴場スポットとして立ち寄ってみてください。
ニックネーム 借金女王 at 20:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2007年02月19日

100歳の女

先日、私の祖母が100歳の誕生日を迎えました。

明治40年に生まれ、大正・昭和・平成と丸一世紀を生きてきたのだと思うと、祖母の皺の一本一本にも大変な重みを感じます。

祖母は、約35年前に祖父が亡くなって以来、ずっとひとり暮らしで、80代までは社交ダンスを習ったり、毎年富士山登山に出かけたりと、とても活発な女性でした。
80代半ばに腰を怪我してからは、ダンスや登山はできなくなってしまいましたが、7年ほど前に脳梗塞で倒れるその日まで、自分で食事を作り、庭木の世話をし、趣味の俳句作りをしていました。
脳梗塞のせいで、話すことも立って歩くこともできなくなってしまい、今は実家近くの特別養護老人ホームで暮らしていますが、毎日車椅子で散歩に連れて行ってもらい、食事は3食モリモリ食べています。

ホームではお誕生日会を開いてもらい、ホームで同居しているお年寄りたちや、ホームの介護スタッフがみんなで盛大にお祝いしてくれました。
言葉が話せないので、祖母が何を考えているのかを聞くことはできませんが、ニコニコととても嬉しそうにしていました。

脳梗塞で倒れた直後は辛うじてまだ言葉が話せたのですが、その時に医師の問診で年齢を聞かれて「55歳です!」と元気に答えていたので、まさか100歳になったとは夢にも思っていないかもしれません。
でも、私が子供の頃は、よく「私は100歳まで生きる!」と言っていましたから、見事な有言実行です。

私たち家族には、数日前に撮影した額縁入りの祖母の写真がプレゼントされました。
陽の光を浴びて笑みを浮かべる祖母の顔には、くっきりと皺が幾重にも浮かんでいますが、それが一世紀を生きた証なんだと思うと、口をついて出てくるのは「カッコいい」という言葉でした。

若い頃は、シワシワのお婆ちゃんになって、人に下の世話をされてまで生きていたくないなぁ、なんて考えたりしたものですが、現実に100歳を迎えた女性を前にすると、そんな考えは実に不謹慎で小さいもののように思えてきます。
食事もおトイレも介助なしにはできませんが、100年・一世紀を生きた女には、決して若い者には真似のできない存在感と重みがある、ということを実感しました。

私も100歳になって、こんなカッコよく写真を撮られる女でいられるだろうか、と考えます。
祖母から見れば、私の人生もまだまだこれからです。
祖母のように、カッコ良く年を重ねて行きたいものです。
ニックネーム 借金女王 at 15:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2007年02月11日

ウチの湯沸かし器

パロマに続いて、リンナイの湯沸かし器でも一酸化炭素中毒事故が発覚しました。

実はウチの湯沸かし器もリンナイ製です。
でも、事故が起きている室内設置型の湯沸かし器ではなく、外壁に据付けて蛇口から直接熱湯が出てくるタイプ(「外壁壁掛け型」というそうです)なので、さすがに室内に一酸化炭素中毒が充満することはないと思います。
室内型と外壁型、それぞれにメリットがあるのでしょうが、一酸化炭素中毒事故の危険性という観点だけで見れば、外壁型の方が安心ですよね。

でも、外壁型には困った問題があるんです。

ウチのリンナイ製湯沸かし器は、去年の暮れに設置したばかりの"おニュー"です。
賃貸アパートなので、もちろん自分で買ったわけではなく、大家さん持ちです。
でも、大家さんが親切で変えてくれたわけではありません。

今のアパートに住んで6年半になりますが、入居当初から築20年を越えた木造アパートです。
大家さんは遠くに住んでいて、地元の不動産屋さんが管理会社なのですが、ここのメンテナンスがテキトーというか、何か問題が起きたら対処する、という方針のようなのです。

一昨年の夏頃には、お風呂場の排水溝から排水が逆流して溢れてくるという、ホラー映画のようなおぞましい体験をしました。
これも、各部屋の排水が集まってくるアパート全体の排水溝の掃除を、10年以上まったくしていなかったことが原因でした。

同じ頃、お湯が出るはず蛇口からお湯がまったく出なくなる、という事件が起きました。
それは、何日も晴れた日が続いた後に降った大雨の日でした。
夏だったので、夜シャワーを浴びるためにお湯を出そうとして初めて気付きました。なので、その日は結局シャワーは浴びれず仕舞いでした。

翌日は又晴れました。
朝一番でお湯がまだ出ないことを確認してから、プロパンガス会社に連絡しましたが、来てもらうのは午後になってしまいました。
来るまでに、何度か蛇口をひねってみましたが、相変わらず水しか出ない・・・と思ったら、10時過ぎになって、突然何事もなかったかのように、お湯が出てきたのです。
午後になって、ガス会社のメンテのおっちゃんが来ました。
「さっきからお湯がでてくるようになったんですけど」と言ったら、「出たんなら、すぐ電話してよ!」と怒られてしまいました。
「でも、昨日出なかったのは、何か湯沸かし器に問題があるからじゃないんですか」と言うと、「急に雨が降ると、湿気で出なくなるんだよ!」と言い捨てて、結局湯沸かし器には触れることもなく帰って行ってしまいました。

どうやら外壁型の湯沸かし器は「湿気に弱い」ということはかろうじてわかりましたが、その他はさっぱりわかりません。

翌日からお湯はちゃんと出ていましたが、3ヶ月ほどして、同じように晴れが続いた後の大雨の日に、前回とまったく同じようにお湯が出なくなりました。
翌朝一番でガス会社に電話をし、同じように午後におっちゃんが来るのを待っている間にお湯が出るようになりました。
今度は怒られないように、お湯が出た時点で再度ガス会社に電話をしたのですが、「これで2度目なんですけど」と言うと、ガス会社のお姉さんが「だったら一度ちゃんと点検した方が良いですね」と言うので、結局そのままメンテのおっちゃんを待つことになりました。

午後になって前回と同じおっちゃんが来て、「お湯が出た」と言うと、前回とまったく同じリアクションをして、そのまま帰ってしまおうとしました。
そこを呼び止めて「お姉さんはちゃんと点検するって言いましたよ」と食い下がると、面倒くさそうに湯沸かし器の外に貼ってあるラベルを見て「古い機械だからしょうがないねぇ」と言うのです。「出なくなったら、また電話してよ。何度もなるようなら、交換するように管理会社に言ってあげるから。○×不動産でしょ」と言って、結局そのまま帰ってしまいました。

どうやら、古くなると大雨の日にお湯が出なくなる、というのは、当たり前らしいです。
対処法とか、お湯がでなくならないための事前の防御策とかを教えてもらいたかったのですが、質問する暇もありませんでした。

それから2ヶ月余り。
また、雨の日にお湯が出なくなりました。
翌日、それまでの2回と同じようなやり取りの後、私が「不動産屋さんに交換するように言ってください」と頼むと、いつものメンテのおっちゃんが「こっちから言うから、自分で言わないで」と念押しするように言って帰って行きました。

その後の半年の間に、2回ほど同じような雨の日にお湯が出なくなることがあったのですが、翌日晴れればまた出てくるようになるし、不動産屋さんにも言ってくれているはずだから、とガス会社に電話はしませんでした。

そして、去年の暮れです。
またもや久しぶりにまとまった雨が降り、案の定お湯が出なくなりました。
さすがに我慢できなくなって、不動産屋さんに電話をしてみました。
「ガス会社から話が行っていると思いますが、湯沸かし器が古くて、雨の日にお湯がでないんですが」と言うと、なんと不動産屋さんは「そんな話は初めて聞いた」と言うのです。

これには私もちょっと頭に来てしまって、ガス会社に電話してかなり強い口調で「何度もお湯が出ないって言っているのに、お宅は湯沸かし器に触りもしないし、不動産屋にも伝えてないじゃない。雨が降るたびにお風呂に入れないんじゃ、こっちもいい加減困るんだから何とかしてください」と抗議したところ、15分後には折り返し電話がかかってきて、「不動産屋さんに了解をいただいたので、これから湯沸かし器を交換しに行きます」と言ってきました。

そして、3時間後には"おニュー"の湯沸かし器になったのです。

今のところ、雨の日も問題なくお湯が出ていますが、ガス会社の一連の対応にはいまだに納得が行っていません。
「私から不動産屋さんに言うな」と念押しされたところが特に不思議です。
プロパンガス会社は結構乱立していて、結構激しい顧客獲得合戦があるようですから、私が不動産屋さんにガス会社の悪口を言って、湯沸かし器だけでなくガス会社ごと変えられてしまうことを恐れたのでしょうか。
だったら、その気になれば3時間で交換できるのだから、ちゃっちゃと不動産屋さんに言って、湯沸かし器を交換してしまえば済んだはずなのに、とにかくわけがわかりません。

結果的に新しい湯沸かし器が付いたので、文句を言うつもりはありません。
でも、古い湯沸かし器を使い続けていても、外壁型だったから「お湯が出ない」だけで済んだわけで、室内設置型だったら一酸化炭素中毒で倒れていた危険性もあったかもしれない、と思うとゾッとします。

今回の事故では、機器の製造元ばかり叩かれていますが、ガス会社は定期点検を必ず行っているはずで、機器の古さや間違った使い方を指摘して交換や改善を薦めることもできたと思います。
ウチのガス会社の対応を考えると、ガス会社にも事故の危険性に対する緊張感が欠けているような気がしてなりません。
ニックネーム 借金女王 at 23:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2006年12月20日

放置自転車

今月の初め頃から、ウチの前の道路に自転車が放置されています。
住宅街の中の普通車がすれ違えるぐらいの幅の道路で、今のところは通行の邪魔にはなっていませんが、もし強風などで倒れることがあれば、タイミングによっては大事故にもなりかねません。
放置自転車

走っている車の前に倒れて、ハンドルを切り損なった車がウチに突っ込んで来られるのも困るので、お巡りさんに何とかしてもらおうと思い、昨日駅前の交番に行ってみました。

そこで初めて知ったのですが、自転車の路上駐輪自体を取り締まる法律というのはないそうです。
警察に盗難の届けが出ている自転車なら、警察で保管して持ち主に渡してくれるらしいのですが、この自転車は盗難の届けも出ていないし、ただ道に止まっているだけなので、明らかに通行の妨げになっていない限りは、警察は何もできないそうです。
「倒れたら危ないから、治安の観点から撤去できないのですか」と聞いてみましたが、断られてしまいました。

要らなくなった自転車は路上に放置すれば良い、ということになりますね。
なんだか理不尽です。

お巡りさんに教えられて、今度は市役所に電話することになりました。
放置自転車に対応している部署があって、撤去をお願いしました。

放置自転車への対策は市の条例で決められています。
私の住んでいる市の場合は、駅周辺などの特定のエリアが条例で「放置自転車禁止区域」に指定されています。
その指定区域内に放置してある自転車は、役所に言えばすぐに撤去してもらえるそうですが、ウチは指定区域の外なのだそうです。
この場合は、まず警察に言って盗難自転車かどうか確認してもらい、盗難の届けがなかった場合は、役所の職員が見に来て「撤去予告」のラベルを貼ります。
そこから一週間待って、それでも誰も取りに来なければ、そこで初めて撤去できる条例になっているそうです。

そういうわけで、最低一週間はこの自転車はここに放置されたままになります。
今朝一番で役所に電話したのに、今日は結局役所の職員は来なかったようですから、早くても明日から一週間ということになります。
倒れると危ないから、と私がアパートの敷地内に移動させてしまえば、敷地内にあるということで「放置」自転車にはならないので、ここに停めておくしかありません。

自転車を一台どけてもらうのに、こんなに手間と時間がかかるとは思いませんでした。
撤去されるまで、強い風の吹く日がないことを祈るばかりです。
ニックネーム 借金女王 at 23:48 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日常雑記

2006年11月29日

低反発枕

特に寝つきが悪いとか不眠症だということはないのですが、朝目が覚めると異常に肩が凝っている、ということが若い時からたびたびあります。
目が覚めると凝っている、というよりも、肩凝りで目が覚める、と言った方が正しいかもしれません。
きっと、肩に力が入ってしまうような変な眠り方をしているんだろうな、ずっと思っていたのですが、確かめる術も改善方法もわかりません。
どうしようもないのかなぁ、と諦めていたのですが、数年前から、テレビ通販などで「低反発枕」というものを見かけるようになりました。
「ひょっとしたら、これなら肩凝りで目覚めることもなくなるのでは?」と、ずっと気になっていたのですが、枕にしては結構なお値段もするので、なかなか買って試せずにいました。
ところが先週、この低反発枕をプレゼントしてもらえる機会に恵まれました。

ただの低反発枕ではなく、「備長炭入り」です。
備長炭が入っていると、何が良いのかはよくわかりませんが、ちょっとお得な気分です。

というわけで、先週からこの「備長炭入り低反発枕」で眠っています。
寝心地は、想像していたよりもちょっと固めですが、頭に自然にフィットする感じで安定感があります。
寝付くまでの寝返りの数も少なくなったような気がします。
今のところ、目覚めた時の肩凝りもありません。

新卒で就職した頃は毎日2〜3時間の睡眠でも平気でバリバリ働けていましたが、30代も終わりに近付いてきた今では、たっぷり睡眠を取らないと、1日シャッキリしないまま終わってしまうようになってきました。
枕が気になるようになってきたのも、年を取ったからこそなのかもしれません。
ニックネーム 借金女王 at 22:36 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日常雑記

2006年10月25日

"ヨコハマ"の移ろい

モバイルSuica「タッチ&ゴー」初体験で行ってきた先は、横浜みなとみらい方面です。

みなとみらい


別に珍しくもないでしょうが、私にとっては約1年半ぶりでした。

私はずっと神奈川県育ちで、小学校の高学年ごろから、よく山下公園周辺に遊びに来ていました。
中学生の時に、クラスの男の子と初デートで来た思い出もあります。
高校も横浜市内にあったので、土曜日の午後などは学校の帰りに毎週のように来ていました。
大学生になってからは、特に地方から出てきたような友達が、この辺に行きたがったので、よく連れて行ってあげました。
社会人になってからも、遊びでも仕事でもちょくちょく来ていた場所です。
ですから、かれこれ30年以上、この地区の移ろいを見てきています。

子供時代は、この写真の場所には何もありませんでした。
決してきれいとは言えない海が広がり、貨物船や曳航船などが遠くを行き交うだけでした。
もちろん、「みなとみらい地区」なんていう名前すらありませんでしたし、ベイブリッヂもありません。
目立つ高い建物と言えば、「マリンタワー」だけでした。
今は商業施設になっている「赤レンガ倉庫」も、遠くの方から見るだけで、一般の人は立ち入ることもできませんでした。

一般的には「横浜」というと、この地域を思い浮かべる人が多いようですが、私たちの頃は「横浜に遊びに行く」というのは、横浜駅周辺のことで、この地域を「横浜」と言われても、全然ピンと来ません。
山下公園や元町に行く時は「関内に行こう」「元町に行こう」と区別していました。

ランドマークタワーの着工が1990年で、私が社会人になった頃です。
その頃から「みなとみらい」という名前もついて、この地区がどんどん開発されて行ったのでしょう。
この周辺に来るたびに、ビルがニョキニョキと竹の子のように増えて行っているような印象を持っていました。

この写真を撮ったのは、桜木町駅前とランドマークタワーをつなぐ「動く歩道」の途中ですが、ここの景色も来るたびに変わっていて、視野の中で海が占める割合がどんどん少なくなって行きます。
この「動く歩道」ができ、大観覧車ができた頃は、かなりの絶景ポイントだと思ったのですが、今はちょっとゴチャゴチャし過ぎてしまったように感じます。

この「動く歩道」を通ると、ちょっと切ない気持ちが甦ります。
確か1999年の春だったと思いますが、大桟橋の入り口近くにあった横浜地裁で、当時の取締役とふたりで会社の自己破産の審問を受けに行った帰りに、地裁前からふたりでトボトボと歩いてここまでやってきました。
「せっかく来たんだから、高い所から景色でも見て帰ろうよ」と取締役が言って、この動く歩道を通って、ランドマークタワーの展望室に行きました。
ふたりで妙にハイテンションになって、「きれいだねー」などとはしゃぎながら、ひとしきり景色を眺めた思い出があります。
その時は、私自身も多重債務に陥っていて、「会社もいよいよ自己破産してなくなって、これからどうしよう」という不安でいっぱいな時でした。
私が自分の債務整理をするのは、それから1年後のことで、この時期が不安のピークだったと思います。
取締役の方も会社が自己破産したことで、連帯保証人として会社の債務をかぶらなくてはならないことがわかっていたので、家族を抱えた身で、かなりプレッシャーを感じていたと思います。
お互いに自分の不安を払拭したくて、ランドマークタワーからの景色に没頭したのかもしれません。

その後、私は都内から実家の近くに引っ越して、仕事も地元でするようになったので、電車に乗るのも月に1〜2回になり、みなとみらい方面にも、彼氏と年に1度遊びに行く程度になりました。
行く気になれば、電車を1回乗り継ぐだけで、40分程度で着いてしまうのですが、ほとんど行く機会もありませんでした。

街はどんどん変わっていくものですが、みなとみらい地区ほど急激に変化した街は私の身近には他にありません。
子供の頃からのたくさんの思い出が残っている街が、みるみる変わって行くのを見ていると、未来への期待と、消えていく思い出へのノスタルジーとが交錯する不思議な気分になってきます。
ニックネーム 借金女王 at 18:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2006年07月10日

困った迷惑駐車

6月1日に道交法が改正され、駐車違反取締りの強化や民間委託が始まって1ヶ月半が経ちました。

私の家の周辺や生活圏にある道路はほぼ100%駐車禁止です。
古い住宅街なので、ほとんどが普通車がすれ違える程度の道幅しかなく、見通しの悪いところも多いです。
が、以前から違法駐車が多く、警察の取り締まりもまったくなかったので、今回の道交法改正には少し期待していました。

6月に入って数日間は警戒した人も多かったのか、明らかに違法駐車は少なかったのですが、結局私の家の周辺は民間の駐車監視員さんの担当エリアではないようですし、警察が取り締まりにくる様子もまったくなく、10日も経たないうちに元の路駐天国に戻ってしまいました。

私のアパートは南側が道路に面しています。窓から道路までの距離がほとんどないので、前に大きな車が停まるとかなり圧迫感があります。
宅配便のトラックなどが停まるのは仕方がないので諦めていますが、一番迷惑なのが工事車両の路駐です。

2〜3週間前、梅雨空がしばらく続いて久しぶりに晴れた日のことです。
たまっていた洗濯物を久しぶりに外に干すことができたのですが、干して30分もしないうちに現れたのが違法駐車の工事車両。

しかもジャリトラですふらふら

路駐トラック


洗濯物を干してある20cm前に荷台にジャリを積んだトラックを停めるなんて、一体何を考えているんでしょうか。
急いで洗濯物を取り込んだ直後に、貴重な梅雨の晴れ間を奪われたことに怒り心頭で撮ったのが上の写真です。

私の家から徒歩5分圏内には、コインパーキングが結構たくさんあります。大型車両が停められるような広いパーキングもあります。
違法駐車をする人は、その徒歩5分も惜しいのでしょうか。100円、200円の駐車料金が惜しいのでしょうか。
徒歩5分や100円200円を節約するために、何万円かの違法駐車料金を払うかもしれないリスクを取ろうという発想は、ペーパードライバー歴20年・ゴールド免許ホルダーの私には理解できません。
パーキングに空きがあっても、そのすぐ横に違法駐車している車も結構あります。それがベンツやクラウンだと、「高級車は買えても100円200円の駐車料金は払えないのかなぁ」と思います。

よく、路上駐車を正当化する人は「誰にも迷惑をかけていない」と言います。
私の家の前に路駐をする人は、家の出入り口もふさいでないないし、十分に車が横を通り抜けることができるので「誰にも迷惑はかからない」と恐らく思っているのではないかと思います。
でも、普通車であっても窓の前に車を横付されれば圧迫感や不安を感じますし、エンジンをふかされることの不快感、ドアの開け閉めによる振動もあります。駐車によって太陽の反射光が強烈に部屋の中に入ってきて、角度によってはまぶしくてテレビが見られない、というようなこともあります。
誰にも迷惑がかからない違法駐車なんて、私はないと思います。

違法駐車が災害時に避難路をふさいだり、消火活動の妨げになったりすることは、以前から指摘されています。
車を運転する人は「自分の路駐だけは迷惑をかけていない」なんて思い込みはやめて、多少歩くことになったとしても、駐車場を利用して欲しいと思います。

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ニックネーム 借金女王 at 13:08 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日常雑記

2006年07月02日

ゴミ箱3つ

ゴミ箱私の住む市は最近、ゴミの収集が有料になりました。
資源回収はきちんと分別すれば無料ですが、生ゴミ類と資源にならない不燃ゴミは、市の指定のかなり高価なゴミ袋に入れて出さないと回収してもらえなくなりました。
私はひとり暮らしなので、もともと大量にゴミが出ていたわけではありませんが、有料指定ゴミ袋の使用量を少しでも減らすべく、これまで資源として回収されていなかった


プラマーク
「プラ」マークや

紙マーク
「紙」マーク

のゴミをしっかり分別することにしました。

それで、狭い6畳間にゴミ箱が3つも並ぶことになってしまいました。
この他に、キッチンには生ゴミ用のフタ付ゴミ箱もあります。

ゴミ箱はたくさんあって邪魔ですが、私はこのような分別作業自体はそんなに苦にはなりません。分別するようになって、明らかに可燃ゴミの量が減ったことが快感だったりします。

私は6年前に東京都内から引っ越してきました。
その前から都内は有料の指定ゴミ袋でのゴミを出しが始まっていました。分別に関してもかなり厳しく、収集場所に自治会のおばちゃんが立ってチェックしていましたので、今回の有料化にあまり違和感はありません。

6年前に引っ越してきてからしばらくは、この市があまりにもゴミ出しに関してアバウトなことに違和感を感じまくっていました。
都内では不燃ゴミだったプラスチック製品やCD、ビデオテープなどが全部燃えるゴミとして出せましたし、収集日ではない日でも収集場所にゴミが山積みになっている所もたくさんありました。
人が見ていても、平気でゴミをポイ捨てする人も、都内に住んでいた頃に比べるとずっと多くいます。
そんなアバウトな町ですから、もともと片付けや整理整頓が苦手なうえに、この市に長く住んでいる私の母などは、今回の有料化と資源分別の細分化によって大パニックを起こしています。

そんなアバウトだった市がいきなり「ゴミ収集有料・資源分別細分化」を始めて、果たしてうまくいくのかどうか、かなり心配でした。
有料化の3ヶ月ほど前から戸別にパンフレットを配布したり、自治会向けの説明会を行ったりと、市もそれなりの周知徹底は試みてはいたようですが、あまりにも今までがテキトーだったので、どれだけみんなが対応できるかな、と思っていました。

案の定、私のアパート周辺のあちこちのゴミ収集場所には、有料袋を使っていなかったり、きちんと分別されていないために収集してもらえなかったゴミ袋が「不法投棄」の赤いステッカーを貼られて、積み上げられたまま何日も放置されています。
そんなステッカーを貼られたぐらいで持ち帰るような人は、最初からルール違反のゴミ出しなんてしないでしょうから、このまま放置され続けるのだと思います。
美観上も最悪ですし、そのうち悪臭も発するようになるかもしれません。カラスが荒らしに来て更に汚れるかもしれません。

こういうゴミは誰が片付けるのでしょうか。
出した本人は絶対片付けないでしょうし、かといって他の人が片付けてしまうと、出した本人は何の痛みもなくゴミ袋代も丸儲けですよね。

パソコン教室の生徒さんの中にスーパーやコンビニなどで働いている人が何人かいます。その人たちによると、以前から店頭や店内のゴミ箱に、家庭用のゴミを持ち込んで捨てていく人がいたそうですが、今回の有料化以降はそれが倍増したそうです。そういう人たちは、当然分別などしないで捨てていきますから、それを分けるだけでも大変な人手が必要なんだそうです。
こういうモラルのない人は、私の住んでいる市に限らず、どこにでもいるのでしょうが、本当に不愉快な話です。

これから本格的な夏に向かって、わが町が悪臭漂うゴミだらけの町になってしまったらどうしよう、と本気で心配しています。
ニックネーム 借金女王 at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2006年06月12日

シャネルのバッグ???

シャネル今も昔もブランド物にはまったく興味がないし、持ってもいないのですが、なぜかこんなバッグを持っています。
しばらく押入れに仕舞いっ放しになっていたので忘れていましたが、先日夏服と冬服の入れ替え作業をしている時に出てきました。
10年程前に入手したバッグだ、ということは覚えているのですが、自分で買ったのか誰かからもらったのかも定かではありません。バッグに1万円以上かける、という発想は私にはないので、自分で買ったとしたら1万円以下だったはずです。
当時は仕事で1〜2泊の出張が多く、サイズが丁度良いので、結構重宝していたような記憶があります。生地はかなり厚手、中はビニール張りでかなり丈夫です。押入れでホコリをかぶっていたので、昨日、洗濯機でジャブシャブ洗ってしまったのですが、色褪せも型崩れもありませんでした。

そうは言っても、そもそもこれは本当にシャネルのバッグなのでしょうか。
贋物だとしても、こんなデザインのシャネルのバッグ自体が存在するのでしょうか。
質屋とかネットオークションに出すと、幾らかにはなる物なのでしょうか。

ブランドに疎いので、全然わかりません。
誰か、詳しい人がこれを読んでいたら、教えてください。
ニックネーム 借金女王 at 16:18 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日常雑記

2006年03月01日

やっと梅が咲きはじめました

梅私の住んでいるアパートの周辺は、庭や玄関先に梅の木を植えているお宅がなぜかとても多いのです。広めのお庭に十数本の梅を植えている家もあって、わざわざどこかに梅を見に行かなくても、ちょっとした梅林のようになっている一角があります。
その付近を歩くと、梅の季節には上品な香りがふんわりと漂ってきて、毎年その香りが私に春の訪れを予感させてくれます。
今年も、やっと数日前から微かに梅の香りが漂ってくるようになりました。例年より1ヶ月近く遅いと思います。
まだ、日当たりの良い場所にある木が部分的に花を開いているだけで、日照時間の短い場所にある木は、まだつぼみにもなっていません。
今日も冷たい雨が降っているので、満開になるまでにはまだしばらくかかりそうですが、春は少しづつ近付いて来ているんだなぁ、と思います。

今日発表された開花予想によると、あと3週間もすればこの辺りも桜が咲き始めるそうです。これから急速に暖かくなって行くのかもしれません。
桜が咲くと、すっかり「春が来た!!」という気分になります。
桜ももちろん素敵ですが、華やかに「春だよー」とアピールしている桜よりも、早春に小さな花をつけて、控えめに春を告げてくれる梅の方がいじらしい感じがして、私は好きです。
ニックネーム 借金女王 at 17:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2006年02月14日

病床の友3−加湿器

加湿器冬は乾燥するとは言っても、私のアパートは古い木造なので、これまでは濡れタオルを吊るしておく程度の乾燥対策で十分だったのですが、今年の冬は特別乾燥がひどいような気がします。
年齢のせいで、肌の乾燥度が増しているだけかもしれませんが、とにかく、今年の乾燥度は尋常じゃないと思い、インフルエンザにかかる前日に家電量販店に行って加湿器をたまたま買っていました。
これが、寝込んでいる間フル稼働で、だいぶ喉の痛みを和らげてくれたように思います。
水蒸気がシューっと吹き上げるのを見ていると、気分的にも少し潤う感じがします。
鼻もだいぶ通ってきたので、おとといあたりから、コットンにアロマオイルを含ませて、加湿器の吹き出し口の脇にひっかけてみました。
ほのかにアロマオイルの香りが部屋に広がって、いい感じです。

少しづつ日差しは和らいできていますが、まだまだ乾燥する季節は続きそうなので、しばらくは加湿器が活躍しそうです。
ニックネーム 借金女王 at 15:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2006年02月10日

病床の友2−ウィダー イン ゼリー

ゼリーインフルエンザもやっと治ってきたようで、5日振りにパソコンに向かっています。
まだ完全復活わーい(嬉しい顔)というところまでは行かないのですが、気をつけながら日常生活を送れるぐらいにはなってきました。

こんなに長い間寝込んでしまったのは、実に15年振りぐらいです。
特に今回は、滅多なことでは無くならないたらーっ(汗)食欲が、完全になくなってしまったのには自分でも驚きました。
いつもなら、熱が出てもおかゆぐらいなら食べられるのですが、今回はそれすらも受け付けず、唯一口にできたのが、この「ウィダーインゼリー」です。
冷たさとわずかな甘味が、熱のある体にちょうど良かったようです。
これ1個で180キロカロリー取れるそうなので、本当に助かりました。

今もまだ完全には食欲は戻っていないので、主食はウィダー イン ゼリーです。

病床の友1−アンメルツヨコヨコ
ニックネーム 借金女王 at 13:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑記

2005年12月31日

風邪をひきました

改源久しぶりに、しっかり風邪をひいたようです。
鼻が少しつまり気味だったので、3日前から風邪薬を飲んでいるのですが、治るどころがどんどんひどくなってきてしまいました。鼻水はぢゅるぢゅるだし、咳も出ます。
どうやら完全な寝正月になってしまいそうです。
元旦は私の誕生日ですが、今年は天気も悪いようですし、彼も仕事で帰ってこないので、ひとり寂しく鼻水をすすりながら、布団の中で年越しです。
ニックネーム 借金女王 at 00:20 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日常雑記

2005年03月23日

左利き用グッズに感動!(旧blogより転載)

久しぶりの更新です。
 久しぶりに、どうしても書かなくちゃ!と思うような感動的な出来事がありました。
 何がそんなに感動的だったのかというと、実は缶切なのです。

 もう5年近くサイトをやってきて、これまで書いたことがなかったと思うのですが、私は左利きです。最近でこそ、左利き用のグッズも出てきましたし、左利きだからと言って、特別な目で見られることもほとんどありませんが、私が小さいころは、左利きは「恥ずかしいもの」「直さなくてはいけないもの」といった風潮がまだあって、左利き用のグッズなんて、まったくありませんでした。だから、右手用にできている物を、無理に左で使うのが当たり前で、今更左利き用グッズを使っても、かえって使いにくいのではないかと思って、あまり気にしていませんでした。
 ところが、たまたまネットで左利きグッズのお店をみつけ、値段も安いので、試しにキッチングッズをいくつか買ってみたのです。
その中でも、最大の驚きが缶切だったのです。

缶というのは、こんなに簡単に開けられるものだったのですね!!
左手で、普通の缶切りを使う動作が、いかに不自然で無理のある動きだったのかということが、長年生きてきて、やっとわかりました。
 そもそも缶切は、手前に引いて開けていくものだったのですね。普通の缶切を左手で使うと、前に押して行くように使うことしかできないのです。右利きの方も、試しに左手で缶切に挑戦してみてください。


 私の小さい頃は、左利きは「矯正するもの」というのが社会の風潮でした。私が赤ちゃんの頃は、母も「右手でないと持ちにくいおもちゃ」を買ってきて、与えてみたりしたそうですが、それでも私は無理やり左手で持って遊ぶので、早々に「矯正」は諦めてしまったそうです。
 ところが、幼稚園の担任の先生が、左利きの矯正にたいへんな熱情をお持ちで、母が「直さないで良い」と言っているのにも関わらず、熱心に矯正をしようとしました。
 お弁当の時間になると、椅子を持ってきて私の正面に座り、お箸を右手で持たせ、食べ終わるまで毎日怖い顔で監視されました。毎日これがイヤでイヤで、今でも時々夢に出てくるほどです。
 それでも家で食事をする時は、左手で食べていましたから、結局この幼稚園の先生の矯正作戦は失敗に終わり、今でもお箸は左手で持っています。

 しかし、左利き矯正プロジェクトは幼稚園卒園と同時に終わったわけではありませんでした。小学校の1・2年の担任の先生も、やはり左利き矯正を目論む「敵」でした。
 特に鉛筆を持つ時は、徹底的に監視されたり、手で押さえられたりされ、とうとう文字を書く手は、右手に矯正されてしまいました。
 今も字を書くのは右手です。左手でも書けますが全然上手に書けません。字は右で書いても、定規で線を引く時だけ鉛筆を左手に持ち替えるなど、端から見ればかなり妙な行動をします。

 こんな矯正を受けたせいかどうかわかりませんが、私は小学校を卒業する頃まで、「右・左」をとっさに言ったり示したりすることができませんでした。「そこを右に曲がるのよ」と言われても、少し考えないとどっちだかわからなかったのです。
 普通の子は「お箸を持つ手・字を書く手が右」と覚えるのでしょうが、私の場合は「お箸を持つ手」は左で「字を書く手」は右だったので、右と左の区別がきちんとつけられなかったようなのです。

 「鉛筆は右・お箸は左」のスタイルが重宝されたのは、編集者時代です。仕事が忙しくて、食事をしながら会議をすることが多くて、お箸を持ったままメモが取れる私は、最適な記録係でした。もちろんお弁当を食べながら、赤ペンを持って原稿チェック、ということもよくあって、この時ばかりは、矯正してくれた先生に、少しだけ感謝したものです。

 そうは言っても、無理やり矯正を受けたことは、今でも夢に見るほどのトラウマになっています。他の子よりも、左と右の区別をつけられるようになるのが遅れてしまったのも、無理な矯正をされたことがひとつの要因だと思います。できることなら、今の親や先生たちには、左利きを矯正する、なんていうことは考えないで欲しいと思います。

 左利きにとって、街には不便があふれています。多分左利きの人全員が感じているのは、駅の自動改札です。切符や定期券など、小さい物、薄い物こそ利き手で扱いたいわけですが、駅の自動改札の投入口は全部右側にあります。左手で右側の投入口に入れるためには、上半身を90度以上ねじらないといけないんです。
 券売機や自販機のコイン投入口、ATMのカード挿入口、パチスロのコイン投入口も、全部右利き用にできています。せめて平等に機械中央につけてくれれば良いのに、といつも思いながら、体をねじって不自然な姿勢でお金を入れています。
 最近は「バリアフリー」などと言われるようになって、駅も障害者の方のための設備は随分充実させてきていますが、左利きに対する配慮は全然ありません。大きい駅の自動改札の一番左のひとつだけでも、左側に投入口をつけてくれないかなぁ、と思います。

 左利きは日々小さな無理をして暮らしています。それが当たり前になってしまっていたのですが、この1000円足らずの缶切のおかげで、そんな無理を当たり前だと思わなくて良いんだな、と改めて感じました。
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2004年09月21日

新しいスニーカー(旧blogより転載)

スニーカー最近、こんなかわいいスニーカーを買いました。
20代の編集者だった頃は、固い会社や官公庁に行くことが多かったので、クローゼットの中はスーツばかり、玄関にも8センチヒールの靴がズラリと並んでいました。メイクも毎日バッチリ決めて仕事をしていました。
その反動なのか、カジュアルな服装で問題ない今の仕事に変わってからは、スーツも8センチヒールの靴もすっかり売ったり捨てたりしてしまって、お化粧品も、基礎化粧品以外はほとんど処分してしまいました。
最近は洋服はほとんど、ユニクロやカタログ通販で買っています。たまにNBAのジャージも買いますが、洋服代は20代の頃の10分の1ぐらいしかかかっていないと思います。バッグは3000円ぐらいのキティちゃんのバッグだし、アクサセリーも金属製よりビーズとか皮製の物が好きなので、これもそんなにかかりません。
そんな安上がりな格好をしている中で、ちょっとだけこだわって、お金をかけているのがスニーカーです。
長年8センチヒールを履いていたので、私の足の親指は外反母趾気味に内側に曲がっているし、爪も巻き爪になってしまっていて、うっかり短く切ってしまうと、伸びてくる爪が指に食い込んで大変なことになってしまいます。そんな事情もあって、今はほとんどスニーカーしか履きません。今となっては、8センチヒールを履いていた自分が信じられません。
年に1〜2足、ナイキかコンバースのスニーカーを、じっくり吟味して買います。
そうして買ったスニーカーは、毎日履く前には、必ず防水スプレーをかけ、シューズキーパーをしてしまっておくようにしているので、5年くらい前の物も、まだまだキレイです。だから年1〜2足のペースで買っていても、結構コレクションがそろってきました。
お金をかけるとは言っても、スニーカーなので、高くても2万円ぐらいのものですが、お店に行ったり、ネットショップをめぐったりしながら、迷いに迷って、これ!と思う一足を決めるのが、楽しみのひとつです。
今回買ったスニーカーは、コンバースの物で、お値段も5000円ぐらいでお手ごろです。
私が選ぶスニーカーは、無地でヒモがかかっているだけ、というものではなくて、今回買った物のように、「柄もの」が多いです。デザインもちょっと変わったものが好きです。
定番のコンバースのオールスターも持っていますが、柄ものです。
柄ものばかりだと、洋服とうまく合わせるのが難しいこともあるのですが、それを考えるのもまた、ひとつの楽しみです。
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2003年11月10日

母と阪神と成功の秘訣(旧blogより転載)

随分前に日記に書いたことがありますが、私の母は無類の阪神タイガースファンです。
京都で育った母は、父親(私の祖父)の影響で、幼い時から阪神一筋です。
母のトラキチ振りを語るエピソードは、ここでは語りつくせないほどたくさんあります。
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